娘のところへ行くたびに新しいおもちゃが増えている。
部屋中に車とかアンパンマンのなんとかかんとかがあふれかえっている。
どうやらお父さんがやたらおもちゃを買ってくるらしい。
孫は一人っ子なので、自由自在に好き放題遊んでいる。
すごいもんだ、といつも感心する。
「トイストーリー5」が公開中で、テレビでもよく見かけるので、ふとおもちゃについて考えてみた。私はこのシリーズは一作も見てない。なんだか共感するポイントがみあたらなくて。
私はどんなおもちゃで遊んでいたんだろう。
記憶を探ってみても、なかなか思い当たらない。
唯一思い出せるのは、小学校の4年生くらいのころに自分で作った人形くらいだ。
当時はやっていたリカちゃん人形を買ってもらえなかったので、自分で人形を作った。
学校でお裁縫を習う前に、見よう見まねで針を持ち、ざくざくと縫って人形を作った。
人とも動物ともつかぬ顔だったし、外周をそのままぐるりと縫っただけの人形だった。
着せ替えの服も作りたかったのだが、作り方がわからず、祖母に頼んで何枚か作ってもらったんじゃなかったか。そういえば一枚だけ着物も作ってもらったっけ。
空き箱を細工してベッドだのタンスだのを作り、大きめの菓子箱を部屋に見立てた。
一緒に遊ぶ相手はいなかったので、一人で着替えさせたり、ベッドに寝かせたりしていた記憶がある。
うちはあまり子供におもちゃを買い与える家ではなかった。
家の中に子供のおもちゃがあるという風景が思い出せない。
まあまだ当時は「子供は外で遊ぶもの」とされていたし、外に出たら葉っぱでも石でもなんでも使って見立て遊びをしていたし、鬼ごっこやらかくれんぼやらの体を使った遊びのほうが主流だったから、おもちゃがないことをそれほど気にしたことはなかった。
高校生くらいから、人にもらったり自分で買ったりしてぬいぐるみを持つようになった。
でも今のような感じではなくて、部屋に飾ったり、かばんにつけたりする程度だった。
「ごっこ遊び」をする時期を逸してしまったのかなあと今になって思う。
「ごっこ遊び」にはそれに適した時期がある。そのつもりになる、ということを楽しめる時期があるのだ。お買い物ごっこをするおもちゃ、料理を作るおもちゃ、工事現場を模したおもちゃなど、全部「そのつもり」になれるところが子供にとって楽しいものなのだ。
私は今、そういう遊びに付き合うという立場になってしまって、楽しそうにレジの操作をしている孫に対してちゃんと「これくださいな」と言って買い物の流れを再現している。
再現しながら、そうか、これは子供にとっては大人のまねっこで、とても楽しい遊びなんだろうなあと思う。私はこんなふうにして遊んだことがあっただろうか。
覚えてないだけで、ちゃんと誰かに相手をしてもらったことがあったのかもしれない。覚えていたかったなあと思う。
ほんとに、私は何をして遊んでいたんだろう。どうやって遊んでいたのかな。少なくとも「おもちゃ」ではなかったな。そういう遊び方はしてなかったのだと思う。
そのことが残念だとは思ってないけど、「トイストーリー」の話に触れるたびに、遠い世界の話だなあと思ってしまうのがちょっと寂しい気がする。