私が演劇を続ける理由 | 10月の蝉

10月の蝉

取り残されても、どこにも届かなくても、最後まで蝉らしく鳴き続けよう

気づいたらずーっと演劇やってる生活になってた。

 

高校でちょっとだけ演劇部にいたあとは、長い間演劇から離れていた。観に行くことすらしていなかった。

それが、市民ミュージカルに参加するようになって、私の人生にもう一度演劇が戻ってきた。

それでも、その時は単発の参加だったし、あくまでも「市民」ミュージカルだったから、本番が終わったらそこで全部終わってた。「あー、もう稽古ないんだなー」「もう舞台に立つことはないんだなー」なんて寂寥感におそわれてた。

あまりにさみしくて、その後もそのミュージカルの会が主催しているスクールに参加したり、そこからの縁で高校の合唱部のオペラにダンサーとしてちょこっと出してもらったりしていた。

でもまあ、これも単発で、継続的に演劇を続けていける感じじゃなかった。

毎回、本番が終わるたびに、終わってしまったという脱力感があって、でもまあそんなもんかと思いながら過ごしていたのだった。

 

結婚と子育てのブランクを経て、再び演劇に関わるようになった。

そのころには、身近に演劇をやってる人や劇団の存在が見えてきてて、私はとある劇団に入れてもらった。その劇団では年に2回ほど公演をうっていて、わりと継続的に稽古が入るようになった。とはいえ、アマチュア劇団でもあったから、なーんにも稽古がない時期もけっこうあったのだった。劇団所属という立場があったから、気持ちの中では継続してはいたけど、なにしろ実際に「演劇」に関することに触れる時間がなくて、私はいろんなワークショップに参加するようになった。

プロを対象とするような高額なワークショップには行けなかったけど(いろんな意味で)、地元の劇団や演劇経験者の人たちが開くワークショップは、無料だったり安価だったりしたので、どんどん参加するようにしていた。

私は「初対面の人とは親しく話せる」という特技があって、単身乗り込んでいってもけっこう打ち解けてワークショップを楽しむことができていた。

というか、演劇はそもそも「個人的にはよく知らない人、もしくは仲が良くない人とでも、親密な間柄を演じることがある」ものだと思っていたから、ワークショップで初対面の人とさまざまなレッスンをするのは当たり前だと思っていたのだ。

「お芝居なのだから」という仮面をつければなんだってできるはずだと思っていた。

 

いろんなワークショップがあったけど、どこもたいてい同じようなところから始まる。

アイスブレイク。シアターゲーム。エチュード。苦手なものもあったけど、こういう場ではいかに自分の鎧を脱ぎ捨てるかが大事だと思っていたので、内心ちょっとしんどいなーと思いながらも、がんばって鎧を脱ぎ捨てていた。

「うまくやれることが大事なんじゃなくて、失敗することも大事なんですよ」とは言われるものの、やっぱり失敗はしたくない。できればうまくクリアしたい。でも、失敗を恐れて尻込みしているところも見せたくなかった。あえて、あえて「平気だよ!」という顔をして、失敗したら率先して自分から笑っていた。あちゃー、みたいな感じで。

そういうのって、周りは案外気づかない。というか、周りの人たちだってそれぞれ自分のことで精一杯なんだから、そこまで他人を気にしている余裕はない。むしろ講師の目の方が怖かった。

なんかいろいろ見抜かれているようで。見透かされているようで。

今ちょっと話題になっている鴻上さんのワークショップに行ったときがそうだった。

私が無理矢理鎧を脱ぎ捨てようとしていること、鎧を脱ぎ捨てるふりをしていること、そして鎧を脱ぎ捨てる代わりに別の仮面をかぶろうとしていること、を短時間のエクササイズの間に見抜かれた。あれは怖かった。本当に怖かった。実のところ、ワークショップの間じゅう、ドキドキしていたのだから。でもそのおかげで、自分はそういうことをしているのだということを自覚することができた。この自覚はかなり大きな出来事だった。

 

同じころ、キャラメルボックスの成井豊さんが書いたワークショップの本も読んだ。

キャラメルボックスでの稽古について書かれた部分を読んで震え上がった。私には到底できないことばかりだった。これができなきゃ演劇はやれないというなら、私には無理だと思った。

まあ、プロになりたいわけでもなかったから、できなくてもいいんだけどさ。

 

演劇のやり方については、日本には定まった教え方がない、と言われている。もうほんと千差万別、人それぞれの演劇論、演技論がある。海外ではそれなりにきちんとメソッドとして成立しているものがあるし、どれか一つが正解というわけでもないらしい。しかし、一つ一つはある程度理論として成立しているので、それぞれを学んで自分に生かしていくことはできる。

日本の場合はそういうのがなくて(だから海外の方法を準用することになる)、言い方は悪いけど「ぼくのかんがえたさいきょうのえんぎほう」みたいな感じになってる。

もしかすると理論ですらなくて、各演出家、監督ごとの好みや感覚でしかなかったのかもしれない。きちんと言語化して伝えるという意識もなくて、できあがった作品がすべて、という感覚だったのではなかろうか。

だからまあ、今聞くと耳を疑うような演出方法や撮影方法がまかり通っていたわけで、それが昨今は少しずつ改善の方向に向かっているのは喜ばしいことである。

 

そもそも、なぜ「演劇」なんてものが存在しているのか。求めてしまうのか。

改めて考えるととても不思議なことである。

人が生きているさまを、ある一場面を切り取って再構成し、虚構に乗せて人に見せる。それを観たいと願う人がいる。なぜ演じたいと思うのか。なぜ観たいと思うのだろうか。

人は人に興味がある、ということなのかなあ。

誰かと誰かの関係性だったり、感情の流れだったりを、第三者の目で見てみたい。ある人の、ふだん他人に見せないような心の奥底を見てみたい。そういう欲求があるのだろうか。

演じる者も、あえて自分ではない者になることで、自分の中にある形にならないものを表に出したいと思うのだろうか。

少なくとも私はそうだ。観たいし、出したい。だから何かの役を演じたいと思うし、一つの作品の中の登場人物になりたいと思う。

 

ワークショップに参加していく中で、少しずつ演劇関係の知り合いが増えていった。

声をかけてもらって、作品に参加させてもらうことが増えた。

そのうちに、稽古のない日々がつまらなくなってきて、参加できるところにはどんどん参加するようになった。その結果、「毎月何かしらの公演がある」とか「本番はないけど、ずっと稽古がある」みたいな毎日になっていった。

忙しいねえとか、大変じゃないの?と心配してくれる人もいたけど、私にしてみれば、何の役にもついていない状態の方が耐えがたかったのだ。

去年の秋からだと、「燦々」の晴子さん、モノローグ穴の会の案内人、ラボニバスのサラさん。この3人がいつも頭の中にいた。みんな違って面白かった。今は全部終わってしまって、ちょっと気が抜けている状態だけど、4月の「春なのに」で演じる里子さんをこれから召喚しなくてはならない。

 

まあ、ゆうてアマチュアやけんね。大変ったってたかがしれている。

そりゃアマチュアなりに向上していきたい気持ちはあるけど。

でもたぶん、もうあんまりワークショップには行かないだろうなと思っている。

自覚してないだけで、もしかしたら何か傷が残っているのかもしれない。うっすら怖い気持ちがあるから。

その分情報を収集して、稽古の現場で確認しつつ、手探りで安全を探していくしかないんだろうな。時代はどんどん進んでいて、演劇やる人の意識もどんどん変わっていっているから、そこは慎重に探っていくしかないんだろう。何がよくて何がいけないのか。その判断はとても難しいけどね。

だから一人芝居がいいと思っちゃうのかもなー。