とっても意地悪 | 10月の蝉

10月の蝉

取り残されても、どこにも届かなくても、最後まで蝉らしく鳴き続けよう

そもそも期待はしてなかったのですが、いよいよもってがっかりの度合いが増してきました。

なんですか、「旧姓使用の法制化」って。意味がわからないです。

そもそも、選択制夫婦別姓制度は、二人の人間が婚姻するときにそれぞれの姓を保持したまま婚姻できる選択肢を増やすというものです。選択制ですから、今までどおり姓をそろえたい人は夫もしくは妻の姓を選んで届け出をすることができます。

なーんにも問題はないはずなのに、どういうわけか「同一戸籍の中に姓が二つあるのはいけないことだ」とか「家族の姓が違っていると絆が生まれない」とか、はては「戸籍制度が破壊される」とまで言われて長年反対され続けてきています。

一万歩譲って、その主張にも心情的にわからなくもないかもしれない、と思ったとしても。

今回提案されている「旧姓使用の法制化」は意味がわかりません。

選択制夫婦別姓制度を望んでいる人は、「旧姓」を名乗りたいのではありません。「改姓」したくないのです。ここがどうしてもどうしても理解できない人がいるらしい。それくらい日本では「結婚=どちらか(主に女性)が改姓する」という意識が深く深く浸透してしまっているんですね。

だから、結婚と言った時点で無意識にどちらか(主に女性)が姓を変えるという前提に立ってしまう。その瞬間に、改姓する側がもともと名乗っていた姓は「旧姓」になります。

改姓後が「新姓」なのだから、改姓前は「旧姓」となりますよね。これが反対派の「自明」

ここまでが無意識なので、どうしたって改姓したくないという人のことは「旧姓」を使いたがる人に見えます。戸籍上は改姓してるのになんで改姓前の名字にこだわるんだ、と思っちゃうわけですね。で、今までは「通称」として名乗ればいいじゃん、免許証とかにも「併記」させてあげるよ、呼ばれたかったらそう名乗っていいよ、と言ってきました。でもこれ全部、法的裏付けはないんですね。だから法律行為をしようとすると全部ひっかかる。銀行の口座は作れないし、法的手続きもできません。だってただの呼び名なんですから。あだ名や芸名で法的行為をする人はいませんよね。

だから通称使用じゃだめなんだ、ちゃんと法的な名前にしてほしい、そのために別姓を選べる制度にしてほしい、というのが選択制夫婦別姓制度の提唱です。

 

にもかかわらず。

旧姓使用の法制化。

そんなにうるさくいうなら、旧姓を使うことを法的に認めてやるよこれならいいだろ、というわけです。それって実質別姓じゃないんですか? 

いったん改姓して、元の名字を「旧姓」にする。そこからその旧姓を法的に使用できる。ってちょっと意味がわからないのです。

選択制夫婦別姓制度になったらどんだけ金がかかると思ってるんだ、という意見もたくさん出ている中、こんな二度手間三度手間をかけるのはいいんでしょうか。あまりにも姑息すぎます。

いちばんの問題は、いくら国内で法制化したところで、海外では通用しないということです。

江戸時代みたいにねえ、鎖国して日本の中だけで世界が完結しているならいいんですよ。日本の中だけで生きていけばいいから。でも今はそうではないのです。

あ、ちなみに私はたぶん死ぬまで外国には行かないし(パスポートがいらない)、結婚前の名字で業績も残してないし、そもそも結婚で名字を変えまくってます。生来姓はなんだったけ?という状態。だから私自身が選択制夫婦別姓制度を強く要望しているわけではありません。

でも、その選択肢はあるべきだと思っています。自分の名前で生きてきて、仕事をしてきて、まるっとその姓名で人生を積み上げてきたと思う人は変えたくないだろうなと思うからです。

そこに愛情とか家族の絆といったあやふやな情緒は関係ないと思うのです。

まあ、姓が同じなら家族の絆は固いというなら、なぜ今の強制同姓制度の下でこんなに離婚が多いのかってことなんですけどね。

 

主語が大きくて申し訳ないですが、「日本」ってかなり意地悪だと思ってます。

みんなが幸せになることを望んでないんだなあ。行政もいろんな組織も人でさえも。

もちろんそうじゃない人もいて、一部ではがんばってたりもするんだけど。

基本的には冷たいし意地悪だと思います。

生きていく上ではいろんな辛いことや苦しいこと、困ったことが起きます。それで追い詰められて犯罪に走ったり、命を絶ってしまったり。そういう事件が起きるたびに「周りに相談してください」という。でも、相談したってどうにもならないことのほうが多いのです。

行政のつれなさは、一度でも関わったことがある人ならきっとわかるはず。あれは全部建前なのです。やってますよ、そういう制度は作ってありますよというポーズ。だから実際に頼ろうとするとその張りぼてはすぐに倒れてしまうのです。

 

今の総理が就任したとき、私は喜べませんでした。女性初の総理ですけど、だからなんだっていう気持ちです。初であることは喜ぶべきことかもしれませんが、最初で最後ということだってないわけじゃないし、女性なら誰でもいいというわけじゃないからです。

それは男性だったとしても同じことなんじゃないのかなあ。男なら誰でもいいんですか? 器がどうこうってすぐに言うじゃないですか。今までの歴代総理だって、いろいろ言われてきましたよ。つまりそれは、属性、性別の問題ではないのです。男性だろうが女性だろうが、国民が幸せに生きていけるような政治が出来る人でないと困るのです。

残念ながら今の総理は、そういう方面にはあまり関心がないように思えます。ま、今までだってそうだったわけですけどね。

でも、自分のやってきたことを棚に上げて、ごく一部のご機嫌取りの政策を打ち出すのはちょっとあからさますぎないかなあと思います。

 

あー、同性婚も合憲とする判決が出たんでしたっけ。あれもわかりませんねえ。

なぜ同性婚を認めてはいけないのか。結婚は子孫の繁殖が目的であるなんていう気持ち悪い根拠が示されましたが、そんなこと言ったら子どもがいない夫婦はどうしたらいいんでしょう。

性自認については難しい問題もあるでしょうし、私なんぞが軽々しく口だしできるようなことではないのですが、この同性婚反対も、日本の意地悪の一つだと思っています。

まあねえ、日本人は無自覚な差別が多いし、狭量な民族だと思うので、大変ですよ。なんとか若い世代がそれをはねかえして行ってくれたらいいなと思っています。