劇団イン・ノート「海賊の時間2024」を観てきた! | 10月の蝉

10月の蝉

取り残されても、どこにも届かなくても、最後まで蝉らしく鳴き続けよう

はい。下北沢駅前劇場でございます。

ほんとに駅前にある。そしてガストの上の階にある。

もう6年ほど前になるか、初下北沢の時に駅前のガストで食事をした記憶がある。

どこへ行ってもガストな私であることよ、と自嘲したのを覚えている。

どうやらそれがここらしい。

数年の間に駅前も工事が進み、とてもきれいになった。(前に来たときは工事中だったのだ)

そのせいか、昔の面影がない。……なーんて言えるほど、下北沢を知っているわけじゃないんだが(笑) なにせ2回目だからなあ、下北沢へ行ったのは。

事前にしつこいほど道のりを調べて、なんならメモまでして行ったんだけど、あっさり渋谷ダンジョンはクリアできてしまった。でも下調べがあったからこそだと信じたい。

 

昨日の台風で鉄道の運行状況がかなり心配だったので、予定していた時間より1時間早く家を出た。そのおかげで、ガストで昼ご飯を食べることができ、そのまま開場待ちの列に並べたのはラッキーだった。ほんの10分くらいで開場待ちの列は長く伸びた。

誰かが「最前列がいいよ」とツイートしてたので、なんとか最前列に座りたかった。ちょっと早く並べたおかげで、会場奥側ではあったけど最前列の真ん中あたりに座ることができて、本当に本当によかった。役者さんが目の前まで来るので迫力満点だったのだ。ドキドキしちゃったよ。

 

さて、「海賊の時間2024」である。

開演までの時間、ずっと役者さんたちが歩き回っていた。

「あ、れいちさんだ」とか「浦野さんだ」とか「中川さんだ」とか、いちいちときめいてた。

関西演劇祭で観た時の感動がよみがえってきて、始まる前からワクワクしてた。

冒頭、嵐のシーンから芝居が始まる。本当にイン・ノートさんは身体表現が巧みだ。

何もない舞台にいきなり「嵐の海」が出現する。

(アフタートークでシャトナーさんが指摘してたんだけど、真ん中がいちばん低いんだよね。あれはものすごく効果的だと思った)

人の動きだけで、嵐の時の波しぶきや風を感じさせてくれる。一緒に嵐に巻き込まれているような気持ちになる。マイムが力強くて的確なので、綱を引っ張ってる時はこっちも力が入ってしまう。

いちばん好きなのは、ふいに動きがスローモーションになるところ。9人揃ってのスローモーションが見事で、ちゃんと場面転換していることがわかる。暗転がないから、気持ちが途切れることがなく、それでいて違う場面、違う場所でのやりとりなのだということがわかるっていうのはすごいと思う。

実際の高低差はそれほどないのに、見張り台の上にいるビープーと、下から見上げて呼びかけている他のメンバーのやりとりに距離が感じられる。目線や声の飛ばし方がうまいのだ。

これはラストシーンでも感じた。海に下ろした小舟にいる船長と、船から話しかけているスミー(だったかな)の距離感が、平台2枚分くらいの高低差しかないのにちゃんと感じ取れるのだ。

芝居が始まる前の「案外狭いんだな」という感覚は、芝居が始まったらきれいに消えていた。

そこは海になったり、甲板になったり、出航前の港になったりする。奥行きや広さを感じさせてくれるので、観ている間は狭さを忘れてしまう。終わってから見たら「やっぱり狭いよな」と改めて思うくらい。2時間があっという間だった。

 

海に落ちたビープーを助けていたら嵐にまかれて航路を外れてしまった。たっぷりあると思っていた食料はなぜか1日分しかない。

敵の船であるフライング・リベンジャー号から、食料を分けてやる代わりに一人差し出せと要求され、その一人を決めるための会議が始まる。

民主主義的に決めよう、と何度も言うのが可笑しい。だって海賊なのに。

民主主義的に決めるってどういうことなんだろうと改めて考えてしまった。

それぞれの主張をきちんと聞いて、公平に判断するってことなのかなあ。

でもそこは海賊、自分に都合のいいことしかいわないし、うまく話をすり替えてしまったりする。なのに、スミーが自己犠牲精神を発揮したら、それには猛反対する。

スミーの自己犠牲精神は、わりとなじみ深い発想である。とりあえず誰かが犠牲にならなきゃいけないなら私がなります、と言うことで話を丸く収めようと思ってしまうことってあるよね。

結局、誰一人として欠けるわけにはいかないという結論になり、ならばいっそ反撃しようという話になる。戦いの火蓋が切って落とされる直前、船長がある行動に出る。とてもドラマチックな展開だったし、まあありかもなあと思わなくもないんだけど、別の見方をすれば、船長はやはりとても冷静な判断をしていたのだということになる。だってどうやっても勝ち目はないみたいだったし。あのあとどうなったんだろう、と暗転の中で船長の行く末に思いをはせていた。

 

熱くてシリアスな場面の中に、ちらほら紛れ込むコミカルなやりとり。私は浦野さんのたたずまいに心惹かれた。他の人たちのやりとりを見ている表情がとても豊かで、さまざまな感情が浮んでは消えていく。それを見ているだけで、他のメンバーのやりとりの意味合いがわかってしまうくらいだった。

「オーラを発してがんがん人を引っ張っていくリーダー」ではなく、「時に気弱だったり、優柔不断だったりするけれども、現実をしっかり理解していて、黙って責任を果たしていく」タイプの船長だった。だからこそ、あのラストシーンが切ない。

浦野さんは「KAN・KON・SOU・SAI」の時、(たぶん役として)メガネをかけてて、わりと気弱なキャラクターを演じていたような記憶がある。今回は、荒くれ者の海賊たちをまとめる船長の役で、船長自身はさほど荒っぽくはないけど、芯がしっかりしてて理知的な感じだった。

笑いのセンスがいいなあと思った。ちょっとした間がうまいのだ。

 

私が見た回は、ビープーを芝原さんが演じていた。ちょっとおバカキャラなんだけど、無邪気で憎めない。銅鑼を鳴らすように言われても、カモメやモンシロチョウにふと気を取られてしまう。全然的外れのことを言っているようで、気づけば核心に近づいている。

すごく可愛らしいビープーだったなあ。

全力でバカやってる感じがとてもよかった。

中川さんは安定の存在感だったなあ。そこにいるだけで満足しちゃう。なにしろマイムがすごくうまいから、もうそれだけでも見とれてしまう。

スミーの石川さんは、あのスミーの生真面目さをいかんなく表現してたと思う。スミーって真面目だよね。

 

今回は客演が5人いた。(ほんとは6人。ビープーがダブルキャストだから)

初めて拝見する役者さんばかりだったんだけど、みんなそれぞれその役として生きてたなあと思う。もうその役でしか見えないくらい。だから言葉のやりとりがすごくリアルで、見ているこちらも釣り込まれてしまう。どの場面でも気づけば納得してしまっていて、だからこそ意見がころころ変わってしまうし、最終的には誰一人として生け贄に差し出すことなんてできない、と思ってしまう。だからってすぐに「戦うぞ!」ってならないところが、ちょっと現代だなとは思ったけど。

 

これは私の好みなんだけど、役者が話すセリフはちゃんとその人の言葉になっていてほしい。台本を覚えて書かれてあったとおりに言葉を発するのではなく、まるでその人が喋っているかのようになっていてほしい。

当たり前のことだと思うんだけど、案外そうなってない芝居もあったりする。つるつると言葉が滑り落ちていって、何も残らない。

イン・ノートの芝居は、セリフじゃなくて言葉だなと思う。今日もそう思った。

ほんとはどうだか知らないよ。それは役者しかわからないことだ。でも、客として見ている私には、言葉がその役者の内部からほとばしりでているように聞こえた。それで十分だ。

身体表現と言語表現がとても見事に入り交じっている。だから見ていて楽しい。

あと、私は芝原さんの書く脚本が好きだ。芝居の構成も好きだし、使われている言葉や、価値観がいいなと思う。

「KAN・KON・SOU・SAI」を見ていいなと思った直感は外れてなかったなと思う。

次は9月。名古屋学生演劇祭にエキシビションとして出演するとのことで、さっそくチケットをとった。新作らしい。どんなお芝居をみせてくれるのか、今から楽しみだ。

 

終演後のアフタートークで西田シャトナーさんが登壇した。

シャトナーさん曰く「この物語は何かを象徴している」とのこと。私はそういうふうには見てなかったので、なるほどそういう見方もあるのかと感心した。象徴してんのかなあ。してると言えばしてるかなあ。

食料を分ける代わりに奴隷として一人寄越せっていう要求は、一見考える余地があるように見えるところがたち悪いと思うんだよね。トロッコ問題じゃないですか。

でもあの9人は、誰一人欠けてもいけなかった。いけなかったんだよ船長。たとえそれが現実的な解決策だとしても。あのラストは、考えれば考えるほど謎をはらんでくる。

あの物語の中の船長の思いとしては、ある意味当然の流れだったかもしれない。

じゃあ、脚本を書いた人の意図はどこにあるんだろうね。どうしてああいうラストにしたのか。

あれこれ深読みして考察したくなってしまうところだ。

ちなみに私は、「まあそうだよね」と思った。ドラマとしては「みんなで戦うぞ!」っていうのが美しいし盛り上がる。でも勝ち目がないってことは明白な状況で。相手の状況がわからないという不確定要素はあるものの、圧倒的な差が存在しているわけだから、まあ勝ち目はない。

とすると船長が行くのがいちばん合理的なのかもしれない、と思ってしまうのは大人だからかなあ。そう考えると微かな違和感の残るラストだった。あえて残したのかもしれないけど。

 

長くなったのでいったんここで終わりにしよう。

また何か思い出したら書くかもしれないけど。

これ、めっちゃかっこいいデザインだよね。大好き。