声は若いらしい | 10月の蝉

10月の蝉

取り残されても、どこにも届かなくても、最後まで蝉らしく鳴き続けよう

知らない番号から電話がかかってきて、なんだろうと思って出たら「ナンチャラ買い取り」の営業の電話だった。

「お宅に古い洋服はありませんか。1着や2着はありますよね?」という微妙に厚かましい口調。

古い服はあるけど、全部現役なのだよねウチの場合。

なので「ありませんけど」と答えると、もう1回「それでも昔の服とか、毛玉のついたセーターとかありますでしょ?」と決めつけ口調。

現役で毛玉のついたセーターを着てて悪かったなと思いつつ、それでも「いえ、ありませんけど」と答えると一転して、「奥様、まだお若いでしょ?」と言ってくる。

ここで一瞬どうしようかなあと思ったのだ。私はこういうとき、とっさに嘘をつくのが壊滅的に下手くそで、ついつい本当のことを言ってしまう。ところがこの電話の主はこちらに考える隙を与えないのだ。

「えっと」などと口ごもっていると、「少なくとも40歳よりは下ですよね」という。

おやおや。向こうから設定を出してくれたぞ、と思いつつ「ええ、まあ」と答えると、「ですよね、声がお若いから。うちは40歳以上の方を対象にしてますので」と言って電話は切れた。

 

40歳以上だったら絶対家に古い服を死蔵しているという前提なのだろうかね。

というかまあ、そもそも洋服の買い取りなんて単なる口実なのだろうけれども、いろいろ思うところはあった。

おそらく我が家は世間一般の基準とはちょっと違う感覚を持ってるんだろうと思う。

毎シーズン新しい服を買うという習慣はないし、着られるならいつまでだって着てる。それこそ毛玉のついたセーターだって毎年着てる。

買い取りの対象になる、つまりブランドの服なんて一着もないし。

ごくたまに、さすがにもう着なくなった服を処分することはあるけど、そういうときは交流センターの古着ボックスに捨ててる。あれだってたぶん、なにかしらの再利用につながってるはず。

なんというか、ちょっとした小遣い稼ぎをしたいという下心につけこむような商売なんだなあと思う。まあそれはいいですわ。

 

それよりも。

私の電話口の声を聞いて「40歳以下ですよね」と決めつけてきたのは驚きだったなあ。

なんかそういう基準でもあるんですかね。そう決めつけてきた相手方の声は、私には60代以上に聞こえた。若干しゃがれて低い音域の声。女性も年取ると声が低くなっていく。あと、なんともいえない押しつけがましい口調も年齢を感じさせるものだった。

実年齢よりも遙かに若いと思われたのは久しぶりだった。以前はよくそういうことがあった。

こっちとしては疑心暗鬼にかられて警戒しているつもりなのだが、そのおどおどぶりが幼く感じられるのかもしれない。

「もしもし」と出ただけで、「おうちの方はいらっしゃいますか」なんて言ってくる人もいて、そういうときはそれに乗じて「いえ、いません」と答えると簡単に引き下がってくれた。子どもだと思われたんだろうなあ。

「奥様ですか」と聞かれる時はつい、「はい」と答えてしまうんだが、気持ちに余裕があるときは「いいえ」と答える。それが通ってしまう。

 

声は若いってことなのかもしれないねえ。自分の声は、自分が思ってるより甲高くて好きじゃないんだが、こういうときは便利だ。

ここ数日ちょっと気分が沈みがちで、あんまりよろしくない。

私の母も年取ってから鬱っぽくなることが増えたのだが、似たような傾向があるようでこれまた面白くない。年とともにどんどん母に似てきていて、それもまた憂鬱の種である。

これ以上考えるとよろしくないので、この思考は強制終了させることにする。

 

声は若いのよ、と、それだけをピックアップしておくことにしよう。