中秋の名月 | 10月の蝉

10月の蝉

取り残されても、どこにも届かなくても、最後まで蝉らしく鳴き続けよう

今宵は満月、中秋の名月。旧暦8月15日です。

今日の空は薄雲が広がっており、果たしてどれくらい月が見えるかは不明。

 

いつまでも夏の気温が居座っていて、知識としては「秋」のはずなのにまとわりつく熱気がそれを惑わせています。秋?いや夏なのか?みたいな。

 

昨日一日小道具製作をしていて、いったんは達成感を味わったんですが、今日になって気持ちが沈んできてしまいました。

なにやってんだろうなー、なんて思ってしまって。

こういうのを「目が肥えた」というのかもしれませんが、作った作品の不出来ぶりにどんよりしてしまうのです。

前はねー。作っただけでうれしかったし、捨てないでとってあった廃材(子どもが学校から持ってこいって言われる類いのもの)を有効利用できて、それらしいものを安く作れたことに誇りをもっていました。だって材料費なんてほぼかかってなくて、ガムテとか両面テープのお金くらいしか使わなかったんだから。

どうやったらうまく利用できるかを考えるのが楽しくて、想定がはまるとうれしくて。

自分の手間なんてなんにも考えてなかったものです。あ、これは今もそうか。

アマチュア劇団だから手作りでも許されるかな、なんて思ったこともあったんだけど、やっぱりお金をいただいて芝居を見せる以上はお客様から厳しい指摘がくることもあって。

お客様には関係ないもんねえ。こっちがどういう事情なのかなんて。私が客の立場でも同じように思うでしょう。自分が手作りしはじめてからは、若干見方は変わりましたけどね。

工夫とか苦労とか想像がつくようになりました。

でもまあ、そんなのは言い訳ですわ。

 

私が自分の収入を持たない専業主婦であるがゆえに、極力お金を使わないで小道具製作をしたいわけです。それがポリシーとも言える。だから今後もこの路線は貫いていく所存でございますがね。たまに、なんだかなーと思ってしまうのはしょうがないです。

 

諸物価高騰のおり、買い物をすると気が滅入ります。

マジで買い物嫌いなんだよね。だってお金が減るもん(子どもかw)。

そこはかとなく、生きていくことに対する不安はいつもそばにあって、たまに死んだ方がお金かからなくて済むよな、なんて思うこともあります。生きるって不安よね。私は基本的にそう思ってる。その気持ちはどこから来るのかはわからないけど、とにかくベースに不安があるので、だからたいていのことは一過性のものだと思ってやり過ごしてしまうという処世術を身につけてしまったのかもしれないと思う。

 

今夜、月が見えたらいいな。

 

後記

見えました。

(右端の水色の球体はおそらく画面の汚れ)