方向性の違い | 10月の蝉

10月の蝉

取り残されても、どこにも届かなくても、最後まで蝉らしく鳴き続けよう

最初にめっちゃ言い訳並べたくなる話ではあるのだが。

 

それぞれ個人としてみれば、みんながんばってるし、努力してるし、才能あるし……、みたいなね。

 

それでも、組み合わせとか相性ってもんが、これはもう厳然としてあるわけで。

 

ある程度人が集まって何かしようとなったときに、メンバー間の人間関係っていうのは非常に微妙な問題となる。

今回私が関わったイベントでは、珍しいことに何も人間関係のトラブルが起きなかった。いや、目を凝らせば小さいいざこざはあったのかもしれないが、それを追求したり、問題視したり、火をつけて大問題に焚き上げる人がいなかった、ということなのかもしれない。

ある意味みんな「大人」であり、引くところ、こらえるところ、出るところを知っていたということなのだろう。

 

とはいえ、みなが聖人君子というわけでもないので、新たな組織を作ろうという話になって、メンバー候補について話していると、「ごめん、その人はNGです」がぽろぽろと出てくる。

 

過去のいきさつもあるだろうし、単純に人間性が合わない、方向性が合わない、ということだと思うんだが、やっぱりこういうことはあるんだよなあと改めてしみじみ思ってしまった。

私にも、もう二度とご一緒したくないです、と思う人はいて、今回のイベントメンバーにはそういう人が現れなかったのでほっと胸をなでおろしているところだが、こういうことって、深くかかわれば関わるほど軋轢も生まれるし、トラブルも発生する。

 

人間関係の難しいところはそういうところだ。

 

バンドや劇団が「方向性の違い」で解散することがよくある。

外から見てると、別にそれくらい我慢してもいいじゃん、なんて簡単に思ってしまうけど、当事者になってみたら死活問題だ。

方向性の違い、なんてかっこよく言ってるけど、要するに相性が悪いってことなのだ。

言葉一つが行き違いの原因になる。ちょっとした態度がトラブルの元になる。どうしてそうなってしまうんだ、と傍の者は思うんだけど、どうしてもどうしても、そう受け取ってしまうんだよねえ。

 

結局、深入りしないほうがいいんじゃないかな、なんて思ってしまう。

お互い安全圏でゆるゆるつきあうほうがいいような気がするなあ。

少なくとも私は、喧嘩してしまったらその人との関係は続けられないもんな。

残り少ない人生、穏やかに過ごしたいものだよ。