まぼろしのひな祭り | 10月の蝉

10月の蝉

取り残されても、どこにも届かなくても、最後まで蝉らしく鳴き続けよう

耳の日ですよ、何といっても(笑)

 

スーパーのチラシもちらし寿司やらなんだかのごちそうやら、豪華な料理がいっぱい記載されてて、なんだろと思ったらひな祭りでした。

そうかあ、ひな祭りかあ。

私のひな祭りの思い出は……と思い出してみようとして気がつきました。

私、いわゆる「ひな祭り」ってやったことなかった~(笑)

 

小学校の低学年くらいのときは、緋毛氈七段飾りのお雛様を飾っていたような記憶があるんですけどね。

お道具とかもあって、けっこう豪華なお雛様だった気がします。

お人形が持ってる弓だの刀だのを取り外して遊んだ記憶もうっすらとあったり。

でも、「甘酒(白酒?)を飲んだり、ひなあられを食べたり、菱餅を食べたり」というような、女の子のお祭り的なことは一切やった記憶がない。

ひな人形だけ飾ってあったんじゃないかなあ。

母ががんばって飾りつけしてたけど、パーティ的な方面までは手が回らなかったんだと思います。

 

ひな人形の飾りつけは、毎年重労働だったと思います。

押し入れの奥から箱を取り出し、箱の中から和紙で包まれた人形を一つ一つ取り出し、そっと気を付けてひな壇に飾り……。

七段飾りだとけっこう場所を取ります。部屋の一角がそれで占められてしまう。

むかーしむかしの、大きな広間のあるようなおうちなら、一部屋お人形で使ってしまっても平気なんでしょうが、庶民の家では、一部屋取られるのってけっこううっとうしいものです。

片づけるのも大変だしねえ。

 

私がさほど喜ばなかったせいなのか、母親がくたびれてしまったせいなのかはわかりませんが、私が小学校の高学年になるころにはひな人形は飾られなくなっていました。

 

私が結婚して娘が生まれたとき。

母はガラスケースに入ったひな人形を贈ってくれました。

これならそのまま飾れるから、と。

しかし実際に箱から出して飾ったのはほんの数回でした。

ガラスケースに入っている(つまり若干サイズが小振り)ひな人形であろうと、5段7段あったらそれなりに場所を取るのです。そうして、私が住んだ家はそれだけのスペースもひねりだせないのでした。てか、アパートとかだと普通に無理だよね。

ずーっと死蔵してて、売ることも捨てることもできずに困っていましたが、去年縁あってもらってくれる場所が見つかり、無事引き取られていきました。ホントにありがたいことだと思いました。

 

それにしても。

ひな祭りって、「女の子のお祭り」って言われるじゃないですか。

そこがねえ。どうしてもしっくりこなかったんですよね。私は。

元をたどれば、厄落としの形代だったわけで、それならわからなくもないんですけどね。

なぜああいう形になってしまったんだろうなあと。

そしてあれは、お雛様単独では成立しないものなんですよね。セットなわけで。そこもなんだかしっくりこないところがあるわけです。

私は生物学的には女ですけど、自分が女性であるということがずっと受け入れられずに生きてきました。

いや、どうしようもなく女性なんですけど、だからこそそれが我慢ならないというか、許しがたい気持ちが消えなくて、苦しい人生でした。自分が気持ち悪くて仕方がないんですね。

ときどき、「じゃあ、男になりたかったのか?」と自問してみるのですが、うーん、別に男になりたいというわけでもなくて、でも、男性の身体性(脂肪が少ないとか、生理がないとか)はいいなあと思っていました。それって自分の身体性の裏返しなんですけどね。

 

この問題は考え出すとドツボにハマるので、これ以上は考えないことにします。

そして、ひな祭りを口実にして、ケーキを食べちゃうことにします(笑)ウシシ