文庫本に書下ろしとは | 10月の蝉

10月の蝉

取り残されても、どこにも届かなくても、最後まで蝉らしく鳴き続けよう

宮部みゆきの「ソロモンの偽証」は、単行本が出たときにすぐに読みました。
第1部、第2部、第3部。あの分厚い本を、途中でやめることができなくて、もうそりゃ没頭して読んだものです。

宮部さんの小説はどれもみな、圧倒的なリアリティがあります。リーダビリティもある。
何気ない描写ですら、的確に雰囲気や状況を伝えてくれる。
だから、読んでいると、完全にその小説の中の世界に生きているような感覚になるんですね。

そうそう、今度映画になりますね。見に行こうかどうしようか、迷い中。
面白そうかなとも思うし、イメージが違ったらやだな、という気持ちもあるんですよね。
それくらい、くっきりイメージが立ち上がってくる作品ばかりなのです。

で。
その「ソロモンの偽証」は文庫本全6巻で発売されています。
単行本で読んだものは、基本的には文庫で買いなおすことはしないんですが(例外が伊坂幸太郎さん。だって、書き直してる部分があるっていうんだもん)、今回は文庫本の最終巻だけ買ってしまいました。

だってさー。
書下ろしの中編が収録されてるっていうんだもん。
帯を見たら「弁護士・藤野涼子VS私立探偵・杉村三郎」って書いてあるじゃないですか。
もうーーー、ずるいよおおーーー。

というわけで、6巻を買って、最初は書下ろしだけ読もうかな、なんてせこいことを考えていたんですけど、結局、6巻の頭から読んでしまいました。
橋田くんの証人尋問のシーンからでした。
一度読んでるだけに、途中からでもすっと思い出せて、でも気づいたらまた本気で読んでしまってました。
何度でも読み直せるんだよなあ。何度読んでも面白いし、引き込まれます。


そして、お待ちかねの書下ろし。「負の方程式」
なんかねえ、こういう設定ってワクワクしますよね。
だって、あの杉村さんが私立探偵やってるわけだし(けっこう慣れたころみたいでした)、あの涼子ちゃんが弁護士になってて、しかも配偶者があの子だなんてね。
キャラ遊びみたいになってて、ストーリーとは別のところでニマニマしてしまいます。

しかし、物語はけっこうしんどいものでした。
「おれさま」男の話なんですが、現実にこういう人ってたくさんいるんですよね。私の周囲にもちらほらいますよ。
息子が通う小学校の、とある学年の先生がこの物語に出てくる先生とそっくりなタイプですわ。
ご本人はたぶん、熱血であり、熱心な教育者である、と自認されているのでしょうが、やってることは押しつけであり、独裁者になってしまっているのです。
あの先生がもし来年息子の担任にでもなったら、腹をくくって立ち向かわないと子供がつぶされてしまうだろうなあと。現時点でもかなりつぶされているお子さんがいるようで、なかなかに気が重いところであります。

夫婦の本当のところはわからないけれども、今話題の、三船美佳さんと高橋ジョージさんとこの離婚問題も、争点がモラハラということで、なんとも水掛け論の様相を呈してますね。
あれ、やってる方は「ハラスメント」という自覚がまったくないから、どれだけされた方が主張しても認めようとはしないと思いますわ。それこそカウンセリングでも受けてもらって、自分の言動が他人にどう受け止められるのかを認識してもらわないと。
でも、それは、その人にとっては自分を根底から変えることになりますからねえ。まずそんな怖いことはしたくないと思うんじゃないかしらん。



先日は「悲嘆の門」を読んで、あの壮大な世界観に圧倒されたばかりです。
宮部みゆきの作品を読むためだったら、長生きもいいかも、と思う私であります。