なぜそれが好きなのか | 10月の蝉

10月の蝉

取り残されても、どこにも届かなくても、最後まで蝉らしく鳴き続けよう

音楽のことであれこれ思いを巡らせていたら、いつしか「好み」の不思議さにいきつきました。

こと音楽だけに限らず、何が好きこれが好きあれが好きと、人それぞれの好みがありますよね。好きなものはどうしようもなく良く思えて、嫌いなものは逆にどうしようもなく悪く思える。この心のありようがとても不思議に思えてなりません。


本当の理由なんて見つけようもないし実は理由なんてないのかもしれませんが、それでも、「なぜ自分はこれが好きなのか」ということについて、ほんの少しでも考えてみると、意外な自分の姿を見つけることになるかもしれません。


今年亡くなった日高敏隆さんという動物行動学の先生の本が好きでよく読むんですが、先日も文庫化された「セミたちと温暖化」というエッセイを読みました。

日高先生の本は他にもいろいろ面白いものがあって、そういうのを読むと一気に視野が広がる気がします。ヒトも動物の一種なんだなあ、とか、ヒト以外の生物の行動にはこんな理由があるのかとか、もう驚きの連続です。そしてそうやって視野が広がると、人間のことも、相対化して見ることができるようになります。狭く小さく凝り固まって疑心暗鬼になってしまいがちな世の中ですけど、他の動物達の生き方を知るだけでふっと風穴があいたような感じになります。


おっと、ついつい日高先生のことでムキになってしまいました(*゚ー゚)ゞ


動物行動学の本を読んでいて思うのは、生物の多様性ということ。その多様性の中には、「好み」のバラバラさ加減というのも含まれています。

生き物は、実に千差万別の好みを持っているんですねえ。

アゲハチョウはみかんやからたちの木にしか卵をうまないし(幼虫はその葉しか食べない)、カブトムシは樹液しか飲まない。ライオンは肉しか食べないし、牛は草しか食べない。当たり前のようですけど、一番最初の時点で、どうして「それ」を選んだのかということを思うと、それしかなかったのか、それが好きだったのか、ということになるんじゃないかと思うんですよね。


そんなことを思いながらヒトを見てみると、その「好み」へのこだわりがとても興味深く感じられます。

なんで私はクラッシックを聞くと眠くなるのにユーミンの歌は大好きなのか。同じ音楽なのに。カラオケが好きな人と嫌いな人がいるのはなんでだろうか。あるいは全然音楽に興味のない人がいるのはなぜか。

また、同じ「音楽を聴く」場合でも、オーディオ機器で聴くか生演奏にこだわるかで違うのはなんでだろう。さらには、機械の再生能力に拘る人がいるのはなぜか。

細かい演奏技術に拘るか、全体の印象を重要視するか。

歌の場合なら、メロディ重視か歌詞重視かアレンジ重視か。歌手の声の好き嫌い。さらには容姿の好き嫌い。


容姿の好き嫌いに関してはもう例をあげることすら不可能なくらい細分化されてますよね(笑)


結局、「いい悪い」ではなく、「好きか嫌いか」に還元されてしまうような気がしますね、いろんなことの判断が。

いくら客観的に行こうとしても、「いい」か「悪い」かを判断しようとしたら、それは「好き嫌い」の問題になってしまう。「なぜ」いいと思うかを深く突き詰めて行ったら、最終的には「それが自分にとって好ましく思えるから」という答えに行き着くんじゃないでしょうか。

「信じるか信じないか」「受け入れるか拒否するか」ということも、つまるところそれが自分にとって好ましいかどうかで決まってしまうような気がします。


子どもに対して何か言うときでも、ふっとそれを思います。躾ということで、ああしなさいこうしなさい、あれはダメこれはダメ、と言うわけですが、よく考えてみれば絶対の基準などないわけです。「世間で通用するように」といったところで、それは私が「世間に通用すること」が「いいことだ」と、もっといえば「好きだ」と思っているからに過ぎません。子どもが私の意に反したことをしても、それがすなわち「絶対悪」である、ということではないのです。


そういうことをある程度自覚していないと、子どもを全否定してしまうようなことになりかねません。

そしてこれは、なにも「対子ども」だけではなくて、他の人に対しても同じことだと思うんですよね。

人の好みは千差万別である。私がいいと思うことを他の人もいいと思うとは限らない。また私が悪いと嫌だと思うことを他の人も同じように思うとは限らない。


私が好きじゃない芸能人を大好きな人もいるし、私の大好きな芸能人を嫌いな人もいる、と。平たく言えばそういうことです(笑)



というようなことを根底において、さて「なぜそれが好きなの?嫌いなの?」ということを追及していくことが、人間理解の一助になるのではないかと、思う次第であります。




なんで、あたしはこんなに(音声的にも文字的にも)語るのが好きなんでしょうね?(笑)