「仕事」についてずっと考えていたら、なんだか「生き方」とか「人生」と似てるような気がしてきた。
たとえば。
就職してすぐに「辞めたい」という人に対して、「そんなに簡単にやめちゃだめだ」とか「辛抱が肝心だ」とかいうでしょう? それって、結婚してすぐに離婚したいという人に言う言葉と同じじゃない?
たとえば。
「仕事なんて何やったっておんなじだよ。つまんないものなんだ」という言い方と。
「人生なんてね、つらいのが当たり前なのよ。楽しいことなんてないの」
処世術としては同じです。
「仕事」そのものは、わかりやすく楽しいものではないかもしれません。
山のようにある書類だったり、わけわかんないクレームの電話だったり、わたしは会社に勤めたことがないので想像するだけですが、他の方のブログを読ませていただくと、それはそれは大変なことがたくさんあるようです。
そんな中で。
少しでも自分に向いているところのある仕事なら、何かしら楽しみや面白みを引き出すことができるのではないか、と思うのです。現実に働いている方で、「きれいごとをいうな」と怒る人もいるかもしれないけど、ここでもやはり、他の方のブログを読むと、がんばってたり、誇りを持ってたり、仕事を楽しんでたりする人がいるじゃないか、と思うのです。
人生も同じ。
つまんないと思って過ごすのも一生。楽しんで過ごすのも一生なんです。
予防線を張るようなつもりで、「仕事なんておもしろくないに決まってるよ」とか、「生きるのはつらいことばかりだ」と、言うのでしょう。仕事は面白いもの、人生は楽しいものと思っていると、裏切られることが多くなりますからね。そうやって、防御するんです。でも、それは片方の面からみた事実にすぎない。
仕事を面白くないものと決めているのは自分です。生きるのをつらくしているのは自分です。面白くしようとすれば、なにかしら方法があるはず。現に面白がって仕事をしている人だっているわけだし。同じように生きることだって楽しめるはず。
「仕事」について考えていたつもりが、いつのまにか「生きる」ことを考えていました。「生きてることがつらいなあ」といつも思っていたけど、つらいと思うからつらいのかなあ。仕事なら、転職という手もあるけど、「生きる」のをやめるのは・・・。
ちょっと違うことも考えた。
うちのダンナは「仕事はつまらない」派(派ってのも変だけど)なんだけど、人生もつまらないと思っているみたいだね。好奇心もあまりないし、生に対する執着心も薄いような気がする。や、ほんとのとこはわかんないけど。
中島みゆきさんの歌に「明日天気になれ」というのがある。
「なんにつけ一応は絶望的観測をするのが癖」という歌詞がすごく気に入ってるんだけど、「仕事はつまらないものだ」とか「生きるのはつらいことだ」と先回りして言うのは、この絶望的観測になるんじゃないのかね。
ところで、「専業主婦」っていうのは、仕事になるのかなあ。
金銭的報酬はないけどさ、衣食住には困らないよね。
一応、家庭を切り盛りしているんですが。細々とやることがあるんですよ、家の中って。何気に存在してますけど。
で、一応仕事、と定義しますと、主婦の仕事も同じことの繰り返しなんですね。
朝起きて、食事の支度、食べて片付け、掃除、洗濯、買い物して洗濯物の片付け、夕食の支度、食べて片付け。毎日これをやるわけですよ。
つまんない、と思ったらやってられません。
ま、主婦について語ると、話が変わっちゃうので、それは別の機会にしますが、
そんな主婦の仕事だって、楽しみを見出そうとすれば、おもしろがれるんです。
ヒトにおいて、「仕事」と「生きる」ことって不可分なんだと思う。