10月の蝉

10月の蝉

取り残されても、どこにも届かなくても、最後まで蝉らしく鳴き続けよう


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      片山るんのページ



コミックを売った。

1巻~26巻。最近新刊が出たタイミングで、買おうかどうしようか迷った。

正直、もうそれほど熱心に読んでいるものではなくなっていた。買い続けてきたから、なかば惰性で買っていたのだということに気づいてしまった。

26巻を読み直してみたが、やはり続きが読みたいという情熱は残っていなかった。

もういいかな。自然とそう思った。

 

小説の場合はほぼ1冊で完結する。もしくは、上下巻、上中下巻で完結する。

今のところ、コミックのように何巻も続けて出るような作品は読んでいない。

私は作家買いをするタイプなので、好きになった作家の作品は継続して買い続け、読み続けるのだが、それでも途中で情熱が消えてしまう場合がある。

古本屋へ売るのはそういう時だ。でも小説は買い取り価格が低い。需要がないんだろうな。

基本的に、好きになって何度も読み返したいと思う作家の本しか買わないようにしているし、ピンポイントで1冊だけ読むという場合もあるので、小説本を売るということはあまりない。

コミックもそれに準ずるのだが、コミックの場合「絵」という大きな問題がある。

当初から小さな違和感がある場合、その違和感が次第に大きくなっていくことがあり、そうなると読み続けるのが苦痛になっていく。その苦痛に目をつぶることにある時耐えられなくなる。

 

今までは、あえてその苦痛から目をそらしてきた。

でも、ふと思ったのだ。もういいんじゃないか、と。

残り少ない人生、誰に義理立てしているんだ、と。

 

同じことを人に対しても思う。

会いたいと思う人に会えばいいのだ。それは裏返せば、会いたいと思わない人には無理に会わなくてもいい、ということだ。

いまは、おおむね会いたいと思う人に会える状況にある。

演劇関係の人とかはそう。

なぜわざわざこんなことを考えたかといえば、家族のことを思い浮かべたからだ。

私にとって「家族」という範疇にいる人たちとあんまり会いたいと思わないな、と気づいたのだ。

必要があって会わなくてはいけないことがある、というのが家族の存在のような気がする。

親とか兄弟とか、もう別に会いたいとは思わないのだ。

世間では問答無用で家族には会いたいと思うものだ、とされている。私にはそれがよくわからない。あれは、「家族」に会うと、「家族」と一緒にいると、心が安らぐとか癒やされるという関係性がある人の話なんじゃないか。

「家族」という属性だけでそういうふうに思うことが私にはない。趣味も好みも話題も合わない人の方が多いから、会っても別に楽しくはない。

会わなきゃいけないから会って、せめてその時間は楽しく過ごしたいと思うからいろいろ話をしたりもするんだけど、わざわざ時間を作って会いたいとまでは思えないんだよな。

子どもたちも、もうそれぞれ独立して自分の人生を歩んでいるので、そのまま生きていってほしい。それこそ「家族だから」親族間の行事などで否応なしに顔を合わせなくてはならない時もあるだろうが、それ以外は各自が楽しく生きていってくれればそれでいい。

嫌いだとかいらないと思っているわけではないが、「たまには顔を見せる」みたいな発想はいらない。

たぶん、今の私は「親に会いたくない」という気持ちがとても強いのだろうな。だからこんなことを考えてしまうのだろう。

「お芝居」を歌舞伎のことだというなら、一度も観たことはありません。

歌舞伎以外のお芝居ならしょっちゅう観てるけどね。

 

「国宝」という映画。ものすごく話題になりましたね。なってますね。

まだ今ほど騒がれてないころに一度だけ観に行きました。

その時でも客席は満席でしたし、上映中水を打ったように静まりかえっていました。

非常に珍しいことに、スマホも鳴らないし光らないし、咳払いも飴の袋をカシャカシャさせる音もしないし、ささやき声一つ聞こえてきませんでした。上映中ずっと。

私はというと、もう映画の冒頭から感極まって涙が溢れてしまい、でも自分でもなぜ涙が流れるのかわからないまま、ひたすら映画に見入っておりました。

 

あの体験が強烈すぎたのか、その後もう一度観たいという気持ちになれないまま今に至っております。

映画を観た後すぐに原作を読み、あの異様な感動は多少中和されたものの、いまだに鮮明に映像が脳裏に焼き付いています。あまりに鮮明で、もう一度観ることでそれを上書きしたくない、と思ってしまうのです。

その映画が辛くてもう二度と観たくないと思ったことはありますが、感動が強すぎて上書きしたくないと思ったのは初めてです。

何がそんなに心を揺さぶったのかはうまく言語化できないのですが、思い出すだけでうわーっとこみ上げてくる圧倒的な何かがあります。

 

歌舞伎はなー。興味はあるんですが、劇場で本物を観るのはちょっと二の足を踏んでおります。

抜粋でチラチラ見るのは楽しいんですけど、それ自体をちゃんと鑑賞するのはたぶん難しい。

周辺情報だけで楽しむのが私にはちょうどいい感じです。

 

 

 

 

 

お芝居を生で観たことある?

・・・・・・・歌舞伎は観たことない

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今日の午後は、演劇工房メビウスの稽古(と他の稽古場の見学)で過ごし、夜は、「春なのに」の紹介動画を撮影してもらいつつ、オトナ小隊さんの稽古を見学させていただきました。

楽しかった~。

ほんと、人のことはよくわかるんですよねえ。それをちゃんと自分にもフィードバックできるようにしなければ。

 

上演した「点繋ぎ」については、たくさんの方からご感想やアドバイスをいただきました。

正反対のアドバイスもあり、自分では思ってもみなかった視点からのご感想もあって、とても参考になりました。

作品の作り方はいろいろあって、ほんとうにいつも迷います。これでいいのか、このやり方でいいのか。最後の最後まで迷います。そういうときに、他の方のアドバイスをどれくらい取り入れるかは頭を悩ますところでもあります。全部、「それもそうだ」と思ってしまうので。

でも、最後は自分の判断でいくしかないのかな、と思うようになりました。

だって、「これが私の作品です」といって披露するわけですからね。

他の方の意見は参考にしつつ、でも最後の最後は自分を信じる。それが責任を持つということなのかもしれません。やー、こわーい。

だからこそ、完成形がなくて、追求しがいのある世界なのだと、改めて思いました。