ドラマ「玉奴嬌」
第17集
<第17集>
秀秀は物乞い姿の男に路地へ引きずり込まれた。男が彼女に顔を晒す。
「公子!? 生きてらしたんですね!!」
男は声量を落とすように身振りで注意した。
男は謝蘊の兄、謝晗だった。謝晗は折りたたんだ妹宛ての書き付けを秀秀に渡し、周囲を窺いながら建物の向こうに消える。
秀秀は急いで謝蘊のそばへ戻った。お腹が痛いから早く帰ろうと促す。
城主府に戻った秀秀は、謝晗の書き付けを謝蘊に渡した。懐かしい兄の筆跡を見て、謝蘊の目に涙が光る。
書き付けには今夜亥の刻(九時頃)に郊外の五里亭で待つとある。謝蘊は、出かけているあいだに殷稷が部屋に来ても誤魔化しておいてくれと秀秀に頼んだ。
その夜の謝蘊は、買った品物を倉庫に保管したあと、自室で休んでいることになっていた。
秀秀はビクビクしながら謝蘊の帰りを待つ。
突然、扉が開いて殷稷が入って来た。
「謝蘊は?」
「小姐はただいま沐浴中でございます…」
「では、待とう」
「あの、昨夜の雨漏りで炭が湿気ってしまいました。冷えますので、どうか乾元閣でお待ちください」
冷や汗を垂らしながら、秀秀が彼を帰そうとする。すると殷稷は、蔡添喜に命じて新しい炭を部屋に持って来させた。
炭があかあかと燃える。いくら待っても謝蘊は衝立の向こうから出て来なかった。言い訳として、記憶を失ってから長めに沐浴するようになったと秀秀は説明した。
扉に蔡添喜の影が映り、祁硯が乾元閣で待っていると伝えた。殷稷は謝蘊を優先したかったが、直接話し合いたいことがあるようだと言われる。
仕方がない。殷稷はなるべく早く乾元閣へ来るようにと言い残して、部屋を出て行った。
蓮香楼の十八人の花魁を探索に出しても、謝晗の消息はつかめなかった。
冊封まであと五日しかない。無茶な約束をした殷稷を、祁硯は責めた。
「…見つからなければ、誤魔化せばいい」
「どれほど謝蘊を騙したら気が済むんだ! ウソの上塗りは大事に至るぞ!」
「婚礼が済んでから、すべてを打ち明けるつもりだ」
今は謝蘊の笑顔を守りたいと殷稷は言う。
「殷稷、あまりに勝手が過ぎるぞ!!」
「では、おまえが謝家の造反の過程を話してやればいい!」
苛立った殷稷が、つい声を荒らげる。
「けれども、教えたあとはどうする!?」
「…もしも謝蘊が崖から身を投げなければ、記憶を失くすことも無かった。殷稷、おまえは彼女に酷すぎる」
殷稷は反論できなかった。
謝蘊と兄の謝晗は、四年ぶりの再会を抱き合って喜んだ。
「さあ、泣かないで」
謝晗はぼろぼろの袖で妹の涙を拭いてやる。
「蘊児、訊きたいことがある。おまえはなぜ殷稷に嫁ぐんだ? ヤツは謝家を破滅に導いた張本人だぞ!」
謝晗は、父の謝雲程とともに牢に収監されていた時のことを語った。
当時、牢内で謝晗は磔にされて意識が朦朧としていた。唯一、謝家の無実を知る者は蕭凌風だけだったが、彼は謝雲程の面会要請を無視する。そこで謝雲程は血書をしたためて謝家の無実を訴えようとした。しかしその血書を受け取った獄卒はその場で謝雲程を刺殺、罪状を書いた書面に勝手に拇印を押した。
獄卒はニヤリと笑って牢を出て行く。遠のく意識のなか、謝晗はその顔をしっかり記憶に刻んだ。
謝雲程の死は自害ではなかった。彼の殺害を企てた者が蕭凌風でなければ、殷稷しかいないと謝晗は考える。
「謝家は全力で殷稷を後援してきたのに、恩を仇で返されたのだ!」
殷稷は蕭家と組み、殷斉を倒すと同時に謝家の滅亡も謀ったのだと言う。
謝蘊にも思い当たる点があった。遠流の時だ。黒装束の男たちに襲われ、斜面を転げ落ちた謝蘊は、必死に山道に這い上がった。そこには母と兄以外の謝家の人々と黒装束の男たちの死体が転がっていて、立っている者は侍衛と返り血を浴びた殷稷だった。
「母と兄は…?」
謝蘊をふり返った殷稷は、口の端でにやりと笑った。
「なぜ殷稷はあんなことをしたの?」
「おまえと殷斉の婚姻を根に持っていたんだ」
この三年間、謝晗は殷稷による厳しい追跡の手を逃れてきた。謝晗は、口を封じるためだと言う。
いつまで逃げられるか分からないと感じた謝晗は謝府の后院に塚を作り、それぞれの遺品を埋めた。あの夜、謝蘊が掘り返した土饅頭のことだ。
「蘊児、ヤツはおまえを奴婢の身分に落とし、蕭宝宝を城主夫人としたのだぞ! それなのに、なぜヤツに嫁ごうとする? 隠していることがあれば、全部この兄に明かしてほしい」
謝晗は衝撃を受けている妹に迫った。
<第18集に続く>