ドラマ「南城宴」
第23集 前編
<第23集 前編>
「十五年間、おまえを捜したぞ! 父母と村人の仇だ!」
拂暁は憎しみを込めて仮面の男を睨んだ。
「ならば、おまえも父母のもとへ送ってやろう」
黒ずくめの男たちが拂暁に殺到する。拂暁は次々と倒し、仮面の男を驚かせた。
ひとりの黒ずくめの人物が猛然と拂暁に斬りかかった。拂暁の剣の切っ先が相手の覆面を剥ぎ取る。
雪英だ。ということは、仮面の男は。
「蕭権!!」
雪英を退けた拂暁が、雄叫びを上げて蕭権に向かって行った。馬を倒し、投げ出された蕭権に血で濡れた剣を突きつける。
振りかぶった。
その瞬間、黒い碁石が刃に当たった。飛んできた方向に目を向ける。車いすに座った白弋が、そのうしろには青離が立っている。
「まさか、師父は蕭権の一味だったの…!?」
「拂暁、扳指をこちらに寄越しなさい!」
当然、拂暁は渡すつもりは無い。
「晏長昀が冤罪で殺されるのを、そして南国が滅ぼされるのを黙って見ているわけにはいかないわ!」
「拂暁、おまえは分かっていない! 秦家の没落は因果応報なのだ!」
かつて秦文忠率いる南国軍は、戦場で無数の寧国軍兵を殺戮した。そして白弋の足は少年だった秦琰の暗器によって障害が残ったのである。
「拂暁、もうすぐ私は寧国の皇族に戻れるのだ。師父と一緒に寧国へ帰ろう!」
「分かっていないのは師父のほうだわ! たかが私利私欲で戦争を起こすの!?」
「黙れ!!」
白弋が碁石を投げた。拂暁が避ける。碁石は大木の幹にめり込んだ。
突然、蕭権の後方から鬨の声が上がった。雷豹と呉承を先頭に、旧秦家の者たちが黒ずくめの男たちに襲い掛かる。
青離が拂暁の前に躍り出た。白弋は碁石を暗器にして黒ずくめの男たちを援護する。
白弋の碁石が拂暁のほうへ飛んだ。気付いた雷豹があいだに入った。
いくつもの碁石が雷豹の体に着弾する。
「雷叔!!」
「危ない!!」
雷豹に気を取られた拂暁の背後で、青離が梅花三稜短刄を突き出す。拂暁を庇った雷豹が青離を下から斬り上げた。
青離の体が飛び、白弋の腕の中に落ちる。
「雷叔!! …退け!!」
雷豹を支えた拂暁と呉承が警戒しながら撤退した。
白弋の腕の中の青離は虫の息だ。
「師父、私、拂暁より役に立った…? もう、依怙贔屓しないで…」
言葉にならず、白弋はただただ首を振る。目を閉じた青離は静かに息を引き取った。
「大人、扳指は拂暁が持ったままです。京城には帰らず、身を隠しましょう」
雪英が蕭権に声を掛けたが、彼は宮中にいる妹のことばかり心配している。
「あの皇帝は安易に小姐を処分できません。まずは力を温存し、小姐を救うのはそれからです!」
説得され、蕭権はようやく納得した。
雷豹はもう動ける状態ではなかった。
大木に背を預けた雷豹は、晏長昀への言葉を呉承に託す。そして、拂暁に謝罪した。
「騙して済まなかった。扳指は手放さないでくれ」
息の苦しいなか、雷豹は初月の行く末を案じる。
「少主に嫁ぎたいという初月の望みを叶えてやってほしい…」
雷豹の最期の頼みに、拂暁は涙を流しながらうなずいた。
安心したのか、雷豹の全身から力が抜けた。
「雷叔、雷叔!!」
呉承は号泣した。
蕭権が居ないにもかかわらず、重臣たちは朝議で晏長昀こと秦琰の処刑を趙沅へ迫った。
「晏長昀は濡れ衣を着せられたのです!!」
突然の大音声が届き、拂暁を連れた魏添驕が大殿に入って来た。
拂暁は郭振の玉扳指を掲げる。
「皇上、晏長昀も秦家も冤罪なのです。ここには蕭権と郭振、そして寧国皇室が朱銀粉を用いて定国公秦文忠を陥れ、関酉之変を起こした証拠が入っています!」
拂暁は扳指を床に叩きつけて割り、中から血判状を引っぱり出した。
血判状を読んだ趙沅は顔色を変える。
「蕭権はどこにいる!?」
「処罰を恐れて逃亡しております」
すぐさま捕えるよう、趙沅は千羽衛統領の魏添驕に命じた。
「皇上、秦家九族を誅すると称して惨殺されて十五年、残された者たちは苦汁をなめながら生きて参りました」
晏長昀に他意は無く、ただ冤罪の証拠を掴むために千羽衛統領にまで上り詰めた。情状酌量があってもよいのではないか、と拂暁は力説する。重臣たちも拂暁の意見を支持した。
趙沅が立ち上がる。
「秦琰を天牢から解放する…!」
「お待ちなさい!!」
太皇太后の声が大殿に響き渡った。奥から太皇太后が姿を見せる。
「皇上、秦琰を放免してはなりません!」
太皇太后の言い分はこうだ。当時、秦家の誅殺を決定したのは趙沅である。鼎ほども重い皇帝の言葉は翻意してはならないのだ。加えて、拂暁を素性の知れぬ者と断じ、その主張は信用に値しないとまで言う。
「秦琰は名を隠して宮廷へ入り込み、皇上の近くで潜伏していたのです。欺君の大罪ではありませんか!」
「皇上、欺君の罪で裁かれねばならないのは蕭権です!」
拂暁が反論する。
「…もうよい! 秦琰の件は、また後日決定する!」
趙沅は強引に朝議をきり上げた。
しばらくして、趙沅の姿は天牢にあった。看守を遠ざけ、晏長昀とふたりきりで話し合う。
ふたりは天井近くの窓から差す陽の光を見上げた。
「…彼女はおまえのために戻ってきたよ」
「戻るべきではなかった」
晏長昀は、拂暁を娶ることが目的で仕向けたのだろう、と訊く。
「拂暁の目は、おまえが死んでも決して朕のものにはならないと語っていたよ」
趙沅は、記憶を取り戻した拂暁が扳指に隠されていた謀反の証拠を発見したと明かし、血判状を見せた。
「蕭権は?」
「逃げたよ」
関酉之変の真相が明らかになっても、だが晏長昀を放免できないと趙沅は言う。皇室の威厳と南国の面子を鑑みれば、判断の正誤など些末な問題なのだ。
「皇上、どういう意味でしょうか」
「秦琰、おまえは絶対に死なねばならんのだよ」
<第23集後編に続く>