ドラマ「玉奴嬌」
第5集
<第5集>
城外に出るまでもなく、謝蘊は捕えられた。
「謝蘊、頑張って逃亡を図ってもこのザマだ。私を騙し、弄んだ気分はどうだ?」
殷稷の前でひざまずく謝蘊は小さく笑った。
「何を笑う?」
「あなたを笑ったのよ。あなたこそ、私を裏切って弄んだでしょう!?」
それなのに被害者面していると非難する。
「…私がおまえを殺せないとでも思っているのか?」
「じゃあ、殺してよ!」
謝蘊は殷稷に迫った。殷稷は彼女を担ぎあげると文机に乗せ、押さえつけて首や鎖骨、唇に無理やり口づける。
抵抗できずに謝蘊が自分の口元を手で覆った。
「私を嫌う資格がおまえにあるのか!!」
その瞬間、殷斉に襲われた時の光景が謝蘊の脳裏に蘇った。殷斉も嫌がる謝蘊に同様の台詞を吐いたのだ。
力いっぱい殷稷を突き放し、膝を抱えてすすり泣く。
「…興覚めだ。涙を拭いて出て来い」
殷稷は怯える謝蘊を置いて翰墨軒を出た。
王惜奴が側夫人となり、白雲閣を与えられた。
池の上に建つあずま屋に呼び出された謝蘊は、殷稷から王惜奴が側夫人となったことを告げられた。
その時になって初めて聞いた蕭宝宝が反対するが、殷稷は意に介さない。彼が見ているのは謝蘊の顔色だけだ。
謝蘊は呟くように祝いの言葉を述べた。
ところが祁硯があらわれて謝蘊を庇ったことで、場に流れる空気が一変する。
「謝蘊、おまえの救世主が来たが、ここから一緒に出て行くつもりか?」
「祁大人は私の件に関係ありません」
「祁硯の関与は無くても、府内でおまえを助ける者がいただろう?」
殷稷は謝蘊の貼身侍女、秀秀のことを言っているのだ。彼は秀秀に百回の杖責を命じた。
あわてた謝蘊は秀秀を助けてくれるよう祁硯に頼む。
「あら、謝姑娘、日頃あなたは規範にうるさくなかったかしら?」
蕭宝宝が嫌味を言う。すると、謝蘊は自分の頬を叩き始めた。
「私が間違っておりました。終生どこへも嫁がず、城主と城主夫人、そして側夫人にお仕えいたします。ですから、どうか私の家人をお守りください」
謝蘊は殷稷の衣服の裾を掴み、懇願した。
殷稷が用意した小箱を謝蘊に見せた。中には千粒の真珠で作られた首飾りが入っている。殷稷は手に取った。
「これは南海から特別に取り寄せた真珠だ。夫人へ、側夫人を迎える償いだ」
殷稷はこの首飾りを謝蘊から蕭宝宝へ渡せと言う。
謝蘊が首飾りに手を伸ばした。そのとたん、殷稷は指に力を加えて首飾りの糸を切った。
千粒の真珠が落ちて散らばる。
「謝蘊、私に嫉妬してるから、こんな意地悪をするのね!」
「さっさと拾え! ひと粒も失くすな!」
怒鳴った殷稷がその場から去る。蕭宝宝は屈んで真珠を拾う謝蘊の前に立った。
「謝姑娘、時間は掃いて捨てるほどあるわ。がんばってね」
蕭宝宝はわざと謝蘊の手を踏んだ。
謝蘊は涙をこぼしながら、血のにじむ指で真珠を拾い続けた。
ふたりにとって、真珠は大切な思い出だった。
まだ殷稷が蕭姓を名乗っていた頃、彼はひと粒の真珠を腕輪に仕立てて謝蘊に贈ったことがあった。謝蘊は喜んだが、殷稷の顔に痣があることに気づく。どうしたのかと訊くと、口ごもりながら蕭家の兄に殴られたと話した。彼は兄の訓練に付き合った時、一打につき五両で打たせたという。
「今はこのひと粒しか買えないが、いつか必ず千粒の真珠をきみに贈るよ」
そして今、殷稷はその千粒の真珠を謝蘊に拾わせていた。
翌朝、謝蘊の拾った真珠を蔡添喜が翰墨軒へ持ってきた。真珠には謝蘊の血が付着している。
「数は数えたか?」
「はい。ですが、何度数えても千一粒あるのです」
とっさに殷稷は、多いひと粒がかつて謝蘊に贈った真珠だと気付いた。
「増えたひと粒はほかの真珠とは違うはずだ! 捜し出せ!」
真珠の入った箱を床に叩きつけた殷稷は、蔡添喜に無茶な命令を下した。
殷稷は、領内の地図を眺めながらぼうっと考え事をしていた。蕭宝宝が来て我に返る。
「稷哥哥」
蕭宝宝は良い酒が出来たから一緒に飲もうと言い、酒の肴まで作ってきた。
「ね、飲んでみて」
酒を注いだ杯を渡される。彼女の企みに気付いた殷稷は、すきを見て彼女の杯と交換した。
強い酒を眉をしかめて飲み干す。それを見ながら蕭宝宝も飲み干した。
「稷哥哥、お酒の味はどう?」
「味、と言うか…強すぎる酒だ…」
殷稷がばったり机に突っ伏した。酔って眠り込んでいる。
何故か蕭宝宝の体が熱くなってきた。
「えらく強いお酒ね。まあ、いいわ」
蕭宝宝は力尽くで正体不明の殷稷を寝台に上げた。
そう、蕭宝宝は侍女の沉光と謀って、酒に催淫剤を盛ったのだ。仕掛けのある酒壺から注いだので、殷稷の杯にだけ毒が入っているはずだった。例え彼が毒を飲んだとしても、眠り込むのはおかしい。
体が火照る蕭宝宝は深く考えることをせず、殷稷の帯を解き、上着をはだけた。
殷稷が気づいて目を開ける。彼の目には、彼女がほほ笑む謝蘊に見えた。
殷稷は体を反転し、謝蘊を組み伏せた。
<第6集に続く>