ドラマ「難尋」
第20集
<第20集>
夜中に永照宮に忍び込んだ赫連曦だったが、鳳垠の痕跡は発見できなかった。
鳳垠はいつ永照宮に戻って来るのか。
「姨姨」
中庭で赫連曦と話していた鳳鳶は、袖を引っ張られた。石榴だ。
「姨姨、どうして今まで家に来なかったの?」
「姨姨はね、遠いところにいたから来れなかったのよ」
「あ、母さま!」
石罌の姿を見た石榴が走っていく。母と呼ばれたのが自分でなくて、鳳鳶は落胆した。
石榴が転んだ。三人が一斉に石榴に駆け寄った。石榴は泣かなかったが、赫連曦と鳳鳶は怪我が無いかと心配した。
「子供が転ぶのはよくあることだし、擦り傷くらいだから大丈夫」
「私、薬を… あ、着替えを取って来るわ」
あわてて鳳鳶が石榴の着替えを取りに行く。だが着替えを持って庭に出た彼女は、石榴をあやす石罌や赫連曦を見て母親としての自信を失くしてしまった。
私は娘の好みも知らない。
部屋に籠って、鳳鳶は刺繍を始めた。赫連曦が素振りのおかしい彼女にどうしたのかと問いかける。
「…あなたたちの中に入って行けなくて」
「阿鳶、きみは石榴に再会してまだ間が無いんだ。石榴が懐くまでもう少し待とう、な?」
石罌は石榴を心から慈しんでいる。生みの親としては寂しいが、ありがたいことだった。
「ところで、久しく鳳垠の消息を聞かないわ」
「…阿鳶、絵を描いてくれないかな」
赫連曦に頼まれて、鳳鳶は琵琶の飾りが付いた簪の絵を描いた。彼は詳細を語らず、連理樹復活に関係しているようだとだけ話す。
実はこの簪を髪に挿した女性を、赫連曦は天乩術の最中に目撃した。天乩術は過去だけでなく、未来の一端を覗くことが出来る。赫連曦は、今まさに連理樹に火のついた松明を投げようとする女性の後ろ姿を見た。その女性が髪に挿していたのが、琵琶を模した飾りのついた簪だった。
石榴は鳳鳶を好きなようだ。もっと親しくなりたければ、積極的に相手をしてやればいい。
赫連曦からそう助言をもらった鳳鳶は、これは鳳垠にも言えるのではないかと感じた。彼女自身を囮にして、鳳垠を永照宮におびき寄せるのだ。
鳳鳶は夜の永照宮へ行き、少年王に鳳垠が生きていることを明かして計画を練った。
雨が降る永照の街を、赫連曦と琴桑は琵琶の簪を捜して歩いた。鳳鳶の描いた絵をあちこちの店で見せるが、今のところ情報は皆無だ。
同じ頃、昔旧と阿笙も永照の大通りを歩いていた。赫連曦と鳳鳶の泊っている宿を捜す。捜しているあいだにお土産を買いあさり、阿笙は大荷物を抱える羽目になった。
「ちょっと…世子、永照の水が合わなくて腹痛が…」
腹痛を起こした阿笙が荷物を昔旧に押し付け、厠へ走った。昔旧は積み上がったお土産で前が見えない。賑やかな通りの真ん中に突っ立っているわけにもいかず、よろよろと歩きはじめる。
どん、と誰かにぶつかった。土産の箱と紙が宙に舞う。
「す、すまない!」
あわてた昔旧はひらひら飛んでいる紙を両手に挟んで捕えた。が、紙を挟んだと思ったら、ぶつかった女性の顔を挟んでいた。
女性は石罌だった。彼女は往診の帰りに処方箋を確認しながら歩いていたので、前を向いていなかったのだ。
石罌は昔旧の頬を思いきり張った。
「痴漢!!」
「拾ってやっただけなのに、なんで痴漢呼ばわりなんだよ!」
昔旧は反論するが、集まった野次馬からも、厠から戻った阿笙からも後ろ指さされた。
「顔を挟んでしまったことは謝るが、わざとじゃない」
「…誤解だったら謝罪するわ」
明らかに誤っている態度ではない。
「それなら、野次馬に向かって痴漢じゃないと証言してくれ」
いやいや、痴漢だろうと野次馬から声が上がる。
そんな野次馬をかき分けて、赫連曦があらわれた。騒ぎの原因が昔旧だと気づいて助っ人に入ったのだ。相手が石罌だったと知って、赫連曦は二度驚く。
赫連曦と石罌は、昔旧と阿笙を知子医館へ連れ帰った。
ところが鳳鳶に昔旧が来たことを伝えようとしたら、どこにもいない。部屋には置手紙だけがあった。
阿曦、用事があって永照宮へ行ってくるわ。日暮れには戻って来るから、心配しないで。
まずい!
赫連曦は部屋を飛び出した。鳳鳶が宮中に出かけたことを話し、昔旧の部屋を用意してくれと石罌に頼んで駆けていく。
昔旧も永照宮に向かおうとしたが、阿笙に止められた。昔旧は朔雲の世子である。許可なく永照宮に入れば部族間の問題に発展するのだ。
永照宮にいい思い出はない。まさか戻って来ることになるとは、鳳鳶は思ってもいなかった。
動揺を押し殺し、鳳鳶は大殿の大扉を開いた。薄暗い中へと足を踏み入れる。赫連曦が拷問を受けた場所だ。
すぐに鳳慶と貼身太監の墨公公があらわれた。
「姑姑、父は姿を見せていませんが、禁軍の中であなたを目撃して外部へ連絡しようとした者がいます」
ひとりの男が連行されてくる。男は雲暮だった。
雲暮はニヤニヤ笑いながら、鳳鳶ひとりだけに伝えることがあると言う。そこで鳳鳶は禁軍兵の剣を借り、鳳慶と墨公公を大電の外へ出した。
大扉が閉まる。
「鳳垠は何を言ったの?」
「大殿下は、樹心の力を得たからすぐにでも赫連曦を殺してやる、と」
雲暮がゆっくり鳳鳶に近づく。
「…一刀一刀やつを切り刻む感覚は、まだ覚えている」
雲暮が笑う。絶叫した鳳鳶は、震えながら雲暮の腹部を刺した。その刃を雲暮が掴む。鳳鳶は剣を引いたが、抜けない。
「公主よ、どれだけやつが苦しんだことか…ああ、癖になりそうだ!」
その瞬間、雲暮が大きく目を見開いた。背後から衿を掴まれた雲暮が放り投げられる。
「もう大丈夫だ、阿鳶…」
風のようにあらわれて雲暮を背後から刺殺したのは赫連曦だった。しかし極度の興奮状態にある鳳鳶は、死亡しているにもかかわらず、まだ雲暮を剣で刺そうとする。
赫連曦は彼女を羽交い絞めして止めた。
「落ち着いて、阿鳶、こいつはもう死んでいるんだ!」
「あなたを苦しめたやつよ! 同じように切り刻んでやる!」
「阿鳶、阿鳶、私の目を見るんだ! もう終わったんだ!」
抱きかかえられた鳳鳶は赫連曦を見る。
「…あの時のあなたが忘れられないのよ」
「もう大丈夫だから、帰ろう」
赫連曦は泣きじゃくる鳳鳶を抱き上げ、大殿を出た。
<第21集に続く>