ドラマ「虚顔」
第17集
<第17集>
沈沁の殺気に気付いた十七は、ふり向きざま、短剣を振り下ろす沈沁の腕を掴んだ。
「どうして私は、いつまでもあなたにまとわりつかれるのよ! どうしてあなたが私の男を奪うのよ!」
「十七!!」
蕭寒声が飛び込んできた。走りながら長剣を鞘走らせる。
「私を殺したら、顔は戻せないわよ!」
突然、鈍い音がして沈沁が倒れた。いつの間にかそこに寧王が立っていた。彼の手から硯が落ちる。
寧王は、沈沁を捕えて短刀を突きつける。
「将軍、どうしてここへ?」
駆け寄った蕭寒声は、十七に赤い布を見せた。沈沁が呼び出しに使う細く赤い布だ。そんなところまで、蕭寒声は捜査済みだった。
蕭寒声と十七の背後で、寧王は短刀を持った手に力を籠める。
「だめよ! 彼女が沈沁なのよ!」
寧王は、まじまじと沈沁の顔を見る。
「そんなはずは…」
「容姿に騙されて、私だと気付かなかったのね」
「沈沁はおまえじゃない、彼女のほうだ! そうだと言え!」
誰がどんな名前であろうと、もう沈沁としてはどうでもよかった。
「私があなたのそばにいるわ」
「おまえ、狂ったか!」
「あなたが狂っているから」
短刀を突きつけられている沈沁は、ぽろっと涙を落とした。
寧王と沈沁が愛憎劇を繰り広げる一方で、蕭寒声と十七は姉がいるはずの部屋を覗いた。
暗い室内は、凄惨だった。散ばら髪の女性が男に馬乗りになっている。女性の持っている短剣が何度も男に突き立てられていた。すでに動きを止めている男は、顔の交換術を行った、あの男だ。
女性がふたりのほうを向いた。
「姉さん!!」
雷鳴が轟いた。
蕭寒声と十七が連れ帰った女性は、警戒して短剣を振り回し、世話をする侍女を寄せつけない。
廊下に追い出された茯苓に代わって、十七が部屋に入った。刺激しないように、ゆっくり近付く。
「私は沈沁ではないわ。十七よ。数か月前、沈沁に顔を交換されたの」
「十七…?」
女性が怪訝な顔をする。
「あなたは私の姉さんよね。肩に梅の刺青があるもの」
それまで切っ先を十七に向けていた女性は、短剣を下ろした。突然、十七の腕を掴む。
「私はあなたの姉さんじゃないわ! 私が沈沁なのよ!」
何年も前に家人とはぐれた沈沁は、水場で溺れそうになったところを助けられた。ところが、目覚めた時には今の顔に替えられていたと言う。
その後、芊影山荘の地下室に監禁され、梅の刺青を彫られた。
「でも、あの沈沁には刺青が無かったわ!」
「私の目の前で、激痛に耐えながら刺青を消したのよ」
あの沈沁が姉だったならば、知恵の輪のことを知っていてもおかしくない。
花街で行方不明になった十七の姉は、溺れる沈沁を救って顔を交換し、相国の娘として生活していたのだ。そして寧王への思慕のあまり、蕭寒声との婚姻から逃げて、沈沁の顔と十七の顔を入れ替えた。
まさか、ずっと捜していた姉があの沈沁だったとは。
廊下へ出た十七は膝に力が入らず、崩れるように座り込んだ。うしろから蕭寒声が抱いて支える。
「…将軍、皇宮へ行ったのでは?」
「きみひとりで彼女と対面させるのは不安だったから」
窓からそっと覗いていた蕭寒声は、ふたりの会話をすべて聞いていた。
「…とにかく姉さんに会わないと!」
もしも、いま寧王の身に何かあれば、姉は死を選ぶだろう。顔を元に戻すためにも、十七は姉を守りたかった。
「ずっと捜査していたが、皇太子殺害の犯人は寧王ではないようなんだ」
当時、皇太子はぜんそくを患っていた。寧王が皇宮へ参内し、皇帝の前で釈明すれば、あるいは一命を許されるかもしれない。
だが、誰が寧王を説得し、参内させるのか。
そこへ、茯苓が来客を知らせてきた。蕭寒声と十七は裏門へ行く。
そこには、十七の顔を持つ姉が立っていた。
<第18集 大結局へ続く>