ドラマ「虚顔」
第16集
<第16集>
沈沁は花火のせいで右目がよく見えない。十七はその事実を利用した。
寧王に書かせた字を右目だけで読み取るのだ。
「”悔矣”ですね」
十七は、沈沁には無い、右目の下の泣きぼくろを示した。ふらふらと近付いた寧王が、泣きぼくろのほうへ指を伸ばす。
すかさず、蕭寒声がその腕を掴んだ。
「王爺、あなたが気遣ってやらねばならないのは、本当の沈沁ですよ」
放心状態の寧王は蕭府を出て行った。
急遽呼ばれた荀御医が診察したところ、十七は貧血を起こしただけで、ほかに問題は無かった。荀御医は処方箋を書いて帰った。
十七は、紙に”拾柒”と自分の名を書いて蕭寒声に見せた。
「私が気を失っているうちに、顔を変えられたのです」
姉の命を盾に取られ、沈沁が寧王の子を産むまで元に戻せないと脅されたことを話す。
「ずっと会いたかったあなたに会えたものの、偽物だと分かったらどうしよう、ととても怖かった。それに、蕭府のみんなとも別れ難かったのです」
涙ぐむ十七の声は震えている。
これ以上、蕭寒声に迷惑を掛けられないから、すべてを寧王に話してくると十七は言う。それを蕭寒声は止めた。
「寧王に関しては心配しなくていい。きみもお腹の子も、私から離れるんじゃないよ」
「どうしてお腹の子のことを…」
「ほかにも知っているよ」
蕭寒声は、十七が娼妓たちを描く絵師で、彼が衙門に命じて捜索していた人物だったことを明かした。
「きみが沈沁ではなく、十七で良かった」
一方、寧王は酒の力を借りて失恋を乗り越えようとしたが、どうしても十七の顔が頭から離れない。
道理で彼女の性格に違和感を感じたわけだ。
自嘲的な笑いがこみ上げる。
芊影山荘へ行くと、沈沁が駆け寄ってきた。
「子衡、私よ、沈沁よ!」
「いや、もう沈沁は私のもとへは帰って来ない…」
泥酔した寧王は、大の字で眠りに落ちる。
子衡、私は絶対にあなたから離れないわ。
沈沁は眠る寧王にすがりついた。
薪になったはずの長椅子が、蕭寒声の居室に戻された。
秘密事の無くなった蕭夫婦は、甘い時間を過ごす。
「ほら、これを音読して」
「”蕭蕭梧葉送…寒声”」
「もう一度」
「寒声…」
「うん。これからは私を”寒声”と呼ぶように」
十七は恥ずかしそうにうなずく。
愛おしくなって蕭寒声が十七に口づけようとしたら、急に彼女のおもてが曇った。
「どうした?」
「まだ問題が解決してないことに気付いたの」
蕭寒声は、例の寧王のものと思われる玉佩を十七の前に置いた。
「顔を取り戻したいなら、沈沁に渡せばいい」
この玉佩を手掛かりに皇太子の死について捜査してきたが、寧王の犯行であるという決定的な証拠は見つからなかった。視点を変えて捜査したほうが解決に近いかもしれない。
「父さま、母さま!」
茯苓の手を引いて、圓宝が居室にやってきた。蕭寒声の膝に乗る。
「ねえ、母さま、早く妹に会いたいわ。私の大好きな仔猫みたいな妹がいい!」
圓宝は、生まれてくる赤ん坊を女の子だと決めている。
「あら、きっと生まれてくるのは虎の仔みたいだと思うわ」
虎。
はっと蕭寒声と十七は顔を見合わせた。玉佩に刻まれている動物は虎だった。
「干支か!」
蕭寒声は新事実を得て、急いで居室を出て行った。
十七は、夕暮れの芊影山荘へ玉佩を届けに行った。
以前、寧王に渡した玉佩が偽物だったため、沈沁は警戒する。
「この玉佩は、皇太子から下賜されたものでしょう?」
信頼の証として、皇太子は三人の兄弟に生まれ年の干支の玉佩を贈った。瞿王は馬の、廉王は猴の、そして寧王は虎が彫られた玉佩である。
その三つの玉佩のうち、亡くなった皇太子の手には虎の玉佩が握られていた。皇太子の死について、寧王が関与している証拠だ。
「知りすぎているようね!」
沈沁は茶壺を打ちつけて玉佩を砕いた。
「約束は果たしたわ。姉さんはどこ?」
沈沁が視線で示す。屋敷の玄関から左手に入った奥の部屋だ。
十七は部屋へ向かう。そのうしろを、殺気を漲らせた沈沁が追う。
短刀を抜いた沈沁は、それを振り上げた。
<第17集へ続く>