ドラマ「虚顔」
第7集
<第7集>
海内監が御酒を廊下に撒いてしまった夜、それを舐めた猫がひと晩中、妙な声で鳴いていた。
雲諾はその事象から御酒に媚薬が入っていたことに気付き、蕭寒声に確かめた。
確かにその流れにはなったが、媚薬の勢いではないと蕭寒声は断言する。
蕭寒声は媚薬のことを話すため、十七をつかまえた。一応、人払いする。
「夫人、昨夜は…」
「昨夜、私たちは媚薬を盛られたの!」
先制されてしまった。
早朝から芊影山荘を訪れた十七は、御酒に媚薬が盛られていたこと、そして”迎合蠱”は毎月一度、発作が起こることを沈沁から聞かされたばかりだった。
「…誰が盛ったんだ?」
「沈沁…!」
沈沁だが、沈沁の顔を持った十七ではなく、などとは口が裂けても言えない。
「…私です」
「何故?」
よく分からないので詳しく説明できない、と答える。
「だから、昨夜のことは気にしないでください」
十七は、すっかり”迎春蠱”のせいだと思っている。
「あの媚薬は毎月一度、発作が起こるので、やはり寝所を別にしておきませんか?」
自ら媚薬を飲んでおいて、今さら寝所を別にしたいとはどういうことなのだろうか。彼女はそれを望んでいたから、飲んだはずなのに。
蕭寒声の後ろ姿を見送る十七は、行き当たりばったりの破綻した理論を言ってしまい、頭を抱える。
「”迎春蠱”!? 毎月発作!?」
雲諾がつい大きな声を上げた。
「じゃあ、昨夜はやっぱり媚薬のせいで…」
「違う」
はっきり否定する。
それにしても、なぜ彼女はそんな嘘をつくのだろう。
「考えられる理由はふたつあるな。沈沁は三年前の例の娘ではなかった。もうひとつは狙いがあるからだ。皇太子の遺品を手に入れるためだとか」
「それはあり得ない。その…夜を過ごしたいから媚薬を盛ったわけで」
それでも、媚薬は相手に盛るだけで十分だ。
「もし軍の中で同様の事件が起これば、即処分される案件ですよ」
嘘が分かっていて、なお彼女を信用するのか、と雲諾は訊く。蕭寒声はうなずいた。
「もしも彼女がなにか企んでいたら、どうするんだ?」
「見えていることと感覚が違っていたら、おまえはどっちを信じる?」
雲諾の答えは決まっている。目に見える物事しか信じない。
人目を避けながら、十七はひとりで夜の鎏金坊へ行った。
盈袖を見つけて、ひと気のない部屋へ入る。
「沈大小姐!?」
沈沁だと思った盈袖に、十七しか知り得ない彼女の過去を話す。子供の頃に負った背中の火傷の痕や、去年爆竹の音で耳を痛め、最近になってようやく聴力が戻ったことなどだ。
「道理で! このあいだ、そっくりな人を見たわ!」
「私自身もよく分かっていないことは多いのだけれど」
十七はこれまでの出来事を盈袖に語った。
「両思いだったんだから、これは天の采配よ」
「でも、今の私は沈沁だわ」
一番の問題はそれだ。
雲諾が十七の部屋へやってきた。圓宝に玩具の弾弓、すなわちパチンコを持って行ってやりたいと言う。十七は笑顔で彼を部屋に通した。
あちこち捜しながら、雲諾は十七の様子を観察する。
実は、雲諾には思惑があった。文机の横の玩具箱をひっくり返し、床に散らばった玩具にとある物を紛れ込ませる。
「ああ、ここにありました」
雲諾が弾弓を見つける。玩具を片付けていた十七は、その中に場違いな玉佩を発見した。
「それは、皇太子が亡くなった時に手に持っていた玉佩ですよ」
雲諾はそう言って小さな箱に玉佩を納め、大事そうに棚に置いた。
また赤い布があった。蕭府の前で売っていた糖葫蘆の棒に付いていたのだ。
芊影山荘へ行き、十七は捜している物が見つかったことを沈沁に話した。
「ただし、寧王に直接渡すわ。それともうひとつ、蕭府の人たちに手を出さないで」
彼らに危害を加えたら、この顔に傷を付けると警告する。
「顔に傷が付いたら、寧王は相手にしなくなるでしょうね」
「よく学んだこと。いよいよ私に似てきたわ」
彼らの命などどうでもいいと言いながら、沈沁は杯に酒を注いだ。その杯を十七が取り上げる。
「お腹の子に障るわ」
叱った十七は、すたすたと芊影山荘を出て行く。口元まで杯を持っていった沈沁は、そこで飲むのを止めた。
沈沁の心は絶対的に私のものだと思い込む寧王のもとに、皇太子の遺品が見つかった旨を記す沈沁の手紙が届いた。渡す場所が指定してある。
久しぶりに沈沁の字を見て浮かれた寧王は、いそいそと待ち合わせ場所に出かけた。
一方の十七にも、短文の手紙が届いた。
“例の物を、鎏金坊にて”
十七は蕭府を抜け出すと、鎏金坊へ向かった。
<第8集へ続く>