ドラマ「欽天異聞録」
第6集
<第6集>
「おまえ、たしか死んでるはずだろ?」
白洛書に言われた蘇建翊は意味が分からない。童肦秋もだ。
「白大人、もしや私を侮辱しているのですか?」
「そうじゃなくて…」
聖都へ入るためには、戸牌という身分を証明する札が必要である。死亡した場合、戸牌は戸部へと返還されるので、死者は城内に入ることが出来ない。
蘇建翊は死亡したことになっているので、四年前に天策府から戸部へ通知されているはずだ。だから、死人である蘇建翊は聖都に入れないはずだった。
ところがかれは聖都内の落花榻にいた。ということは、同様の方法で誘拐犯は聖都に入ったのではないか。白洛書はそう思ったのだ。
鍵は戸牌だ。戸牌は蘇建翊の荷物の中だ。かれの荷物は…
「百草廬!」
やはり蘇建翊の荷物の中に戸牌があった。
「陸瑾?」
蘇建翊の名前ではない。陸瑾はかれの同僚の名前だ。しかし身分は青州商人となっている。軍籍ではなかった。
余瓊を通じて戸部に問い合わせたところ、陸瑾の戸牌は精巧な偽造であることが判明した。
「ところで、失踪事件の進展は?」
「まだ確たる証拠を掴めていません」
余瓊に訊ねられた童肦秋はそう答えてから、蘇建翊の件を報告した。
「四年前に発生した天外奇石事件の手掛かりになるやもしれません」
「この期に及んで、まだこだわっているのか!」
一喝した余瓊は、三日以内に失踪事件を解決せよと童肦秋に命じた。
「天策府の男は、その戸牌で聖都に入りました。誘拐犯も同じ手口で聖都に侵入したと考えられます」
戸牌の偽造について調べることが先決である。
「これほどの腕前を持つ者となれば…鬼市かもしれん」
「鬼市?」
鬼市とは、違法な物品を違法な価格で取り引きする場である。もちろん、出店者も違法なら、客も違法性を理解している。毎月十五日、満月の夜に、知る人ぞ知る聖都のある一角で開催される。集まる者は人族と異客だ。
なぜ違法な場所を放置しているのか。実は鬼市には朝廷の貪欲な高官も関与していたのである。ひとりやふたりではない。そのため、欽天監といえども手出しは出来なかった。
鬼市への案内人は酒屋の店主だった。誤魔化そうとする店主を、童肦秋と白洛書が店の封鎖を盾に脅す。
「役人は入れちゃいけないって規則なんですよ。…ところでお役人様は何のために鬼市へ行きたいんです?」
「腕の立つ贋作師を捜している。少し質問するだけだ」
根負けした店主は、小さな酒壺をひとつ出してきた。
「銀五十両です」
童肦秋に促されて、しぶしぶ白洛書が払う。
鬼市へ通じる道は、もともと聖都の内外をつなぐ通路だった。聖都に護国大陣が敷かれたため、鬼市と鬼市へつながる道は徹底的に隠匿された。
その通路の通行料に五十両もする黄粱酒が必要であった。
毎月十五日の亥の刻から子の刻にかけて、通路の現世側にある行燈に黄粱酒を注いで明かりを灯し、護国大陣をかく乱して鬼市に出入りするのである。
夜を待ち、説明しながら歩く酒屋の店主に先導されて、童肦秋と白洛書は小さな渡し場にたどり着いた。店主が行燈に黄粱酒を注いでいるあいだに、白洛書は先へ進もうとする。
「ああ、待ってください!」
店主の注意が一瞬遅く、白洛書は透明な壁に額をぶつけた。
<第7集に続く>