ドラマ「山河令」
第14集 後編
<第14集 後編>
岳陽派に捕らえられた喜喪鬼に、拷問は効果が無かった。気丈な性格が原因だ。
外部には知られていないその牢を訪れたのは、複雑な面持ちの趙敬である。
「…本当に私のことを覚えていないのか?」
鬼谷に堕ちる者は、みな”孟婆湯”を飲む。黄泉へ渡る際に亡者が飲む”孟婆湯”と同じ効果があるとされている。飲むことで過去の記憶を消し、鬼として生まれ変わるのだ。
「浮夢、きみには申し訳ないことをした」
「…私の名をなぜ知っている?」
喜喪鬼の現世での名は羅浮夢という。名門の令嬢だった彼女に何があって、いまの姿となったのだろうか。
「浮夢、もしも来世があるなら…来世は出会わないことを願う!」
実名を呼ばれた喜喪鬼は、激しい眩暈に襲われた。
「谷主、今すぐご主人様を救い出してください!」
喜喪鬼の性格では、きっと五湖盟で酷い拷問を受けているはずだ。艶鬼は懇願したが、温客行は却下した。
「考えてはいる。それよりも易容術で于丘烽に扮して探りを入れろ」
高崇が喜喪鬼に手を下すとすれば、英雄大会の席だ。それまでは彼女は安全だと言える。
「私を知る者に言葉は要らぬ。知らぬ者には言葉を尽くしても分からぬ…」
岳陽派に曹蔚寧の大師兄、曹蔚虚がやってきた。待ちわびた大師兄の到着に、曹蔚寧は子供のようにはしゃぐ。
そばには曹蔚虚を案内した祝邀之がいる。祝邀之は曹蔚寧をからかうだけからかって、さっさと逃げた。
「ええと、実は好きな娘がいるんです」
「蔚寧、その前に伝えたいことがある。今回の大会に師父は出席しないよ。代わりに師叔が来ている」
「えっ なんで!?」
そこへ祝邀之が戻ってきた。
「言い忘れたけど、阿湘が病気らしいよ。岳陽派内の医館へ行ったって聞いたぞ」
とたんにそわそわ落ち着かない曹蔚寧。江湖が不安定なこんな時にと叱られたものの、許可をもらった曹蔚寧はすっ飛んで行った。
大会の準備が進む五湖碑の会場に、黄色い焼紙が舞った。
「鬼谷だ、備えろ!」
場を取り仕切る沈慎が叫ぶ。高崇に来てもらえと、高山がほかの弟子に指示を出す。
だが、あらわれたのは泰山派の弟子たちだった。かれらは亡き傲崍子と弟子のために焼紙を撒いたのだ。
丐幇も姿をあらわす。
泰山派と丐幇は石を拾い、磨いたばかりの五湖碑に投げつけた。
「何をするんだ、やめろ!」
五湖碑は傷付き、用意してあった酒甕が割れる。
そのころ、于丘烽に扮した艶鬼は岳陽派の門前にいた。
「沈慎掌門に会いたいのだが」
弟子の門番に沈慎は留守だと言われ、中で待つと食い下がる。
ちょうどそこに、五湖碑から弟子が駆けてきた。会場で異変が起こったと報告を受け、門番全員が飛び出して行く。
艶鬼は岳陽派へ入り込んだ。
岳陽派の后院は静まり返っていた。人の気配すら無い。
全員が会場へ行ったのか。そして、この状況を作り出したのは温客行なのだろうか。
艶鬼は喜喪鬼を救うため、牢を探す。
もうひとり、あたりを窺いながら后院を歩く者がいた。于丘烽である。
艶鬼と于丘烽はばったり出くわした。
「御子息と同じく、琉璃甲を捜しに来たのかしら?」
艶鬼が帯から琉璃甲を出して見せる。于丘烽の視線が琉璃甲にくぎ付けになった。
当然、この琉璃甲は偽物だ。だが、鬼谷がふたつの琉璃甲を手に入れていると思い込む于丘烽は、安易に艶鬼の言葉を信じる。
「喜喪鬼を助ける手伝いをしてくれたら、この琉璃甲はあなたのものよ」
差し出された琉璃甲を、于丘烽は艶鬼の手ごと握った。ほかの誰かに観られては危険だ。
「もちろん、協力するよ。だが私は華山派の掌門だ。表立っての協力はできない」
于丘烽は岳陽派の牢の場所を知っていた。
穆雲歌が鬼谷に捕らえられた夜、かれを助けようとした傲崍子が殺された。傲崍子が道に倒れているのを発見したのは、あとを居った青松などの弟子たちと丹陽派の弟子ふたりだ。
血にまみれた遺体を囲んで悲しんでいると、へらへら笑う声があたりに響いた。通りの向こうから明かりを背にあらわれたのは無常鬼だった。無常鬼は弟子たちに、傲崍子殺害の指示を出したのは沈慎だと明言した。
英雄大会の会場で当時の状況を話した青松が、沈慎を弾劾する。黄鶴も加勢した。
いつの間にか、たくさんの門派が会場に集まっている。
「待て、誤解があるのではないか?」
声を上げたのは清風剣派長老の范懐空である。かれが口を出したことで流れが変わった。
「高盟主の言を待とうではないか!」
いくつもの門派が賛同する。高崇を呼べと、人々が叫び始める。
「私はここにいる!」
高台に設けられた舞台に高崇が姿をあらわした。
「傲崍子道兄の死には、当然、五湖盟と関りがある!」
会場内にざわめきが起きた。
傲崍子は五湖盟の陸太冲があとを託した人物だ。琉璃甲の保管も頼んでいる。五湖盟との関係は十分にある。
黄鶴は、じっと反撃の機会を窺う。
谷を挟んだ凉亭から会場の様子を眺めているのは温客行だ。
さて、次はそれぞれがどう出るのか。期待を裏切るなよ。
一方の周子舒は会場の侠客たちに紛れて、事の成り行きを見守る。
<第15集に続く>