ドラマ「山河令」
第3集 後編
<第3集 後編>
かつて大勢の命を犠牲にした瑠璃甲は、いま五湖盟にある。ところがその五湖盟のうち丹陽派、鏡湖剣派が相次いで鬼谷に襲われた。これが報いの始まりと捉えずして何と表現するのか。
山荘から離れ、咲き誇る桃林を歩く桃紅婆と緑柳翁は、同行する黄鶴に憤りをぶつけた。
ところで、皆殺しにされた丹陽派の掌門、陸太冲はふたりの弟子に瑠璃甲を託したらしい。そのふたりの弟子は、居合わせた泰山派とともに行動しているという。
その情報を黄鶴から得た桃紅婆と緑柳翁は、一刻も早く泰山派掌門の傲崍子に会って鬼谷への警戒を忠告しなければならないと、鏡湖山荘をあとにした。
宿まで、先を越された。温客行が街でたったひとつしかない天涯客桟をまるごと借り上げていたのだ。疲れ果て、埃まみれの周子舒と張成嶺は、温客行に勧められるまま、一番上等な部屋に入った。新しい衣服まで用意してある。
周子舒が仮眠を取るように言うと、張成嶺は服も脱がずに寝台に横になった。
「服を脱ぐのに差しさわりがあるのか? 脇腹の傷の具合はどうなんだ?」
周子舒の問いに、張成嶺はぷるぷると首を横に振った。周子舒は小さな瓶を取り出し、投げ渡す。小瓶には傷薬の金創薬が入っていた。
周子舒が部屋を出たあと、張成嶺は服を脱いだ。傷口が開いたらしく、巻いている包帯が血で真っ赤に染まっていた。
階下に降りた周子舒は、酒を楽しむ温客行につかまった。
「温公子はなぜ私につきまとうのだ?」
この男も瑠璃甲を捜しているのか?
「私はきみの素顔を拝みたいだけだよ」
きみの素顔はきっと美しい、温客行はそう断言する。
「ところで、周兄はなぜ危険を顧みずに張公子を護衛するんだい?」
「頼まれたからさ。だが、送り届ける以外は関与しない」
仮眠から目が覚めた張成嶺が階下へ下りると、食事の用意ができていた。周子舒、温客行、顧湘が卓を囲んでいる。張成嶺は外の手水で手を洗い、卓についた。
酒しか口にしない周子舒が、張成嶺の碗に料理を取り分ける。しかし張成嶺は食べようとしなかった。
がつがつと食べていた顧湘がしびれを切らした。
「本当に食欲が無くて…」
「食べずに飢え死にしたら、天の神様が憐れんで仇に雷を落としてくれるって思ってるのかしら!」
言葉は辛辣だが的を射ている。養生して、自分で仇を討てと励ましているのだ。
それを理解した張成嶺は、ご飯をかき込んだ。
五湖盟の緊急会議が開かれた。盟主であり岳陽派掌門の高崇が、集まった侠客たちを前に七月十五日の英雄大会開催と、大会時における青崖山鬼谷のせん滅を宣言する。
泰山派掌門の傲崍子が大木の上から夜の林を窺っていた。追っ手がいないことを確認し、下りてくる。
丹陽派の弟子ふたりを連れた傲崍子は、自らの弟子四人とともにふたりを武当山へ連れて行くつもりであった。四人の弟子のうち、ひとりは風邪をひいて発熱している。
かれらを追っているのは大孤山派掌門の沈慎だ。沈慎の目的は、五湖盟へ丹陽派の弟子を送り届けることと、ふたりが掌門から預かった瑠璃甲である。鏡湖山荘が襲われた一件で沈慎は追跡を一時的に断念したようだが、油断はできない。
「瑠璃甲を五湖盟に渡してはならぬ!」
傲崍子は弟子たちに再度警戒を促した。
張成嶺は悪夢にうなされていた。父上、と小さく叫んで飛び起きる。
「周叔…」
張成嶺がしがみついたのは周子舒の腕だった。
「大丈夫だ。ゆっくりお休み」
周子舒はやさしく声を掛け、張成嶺が目を閉じるのを確かめてから部屋を出た。
この少し前、周子舒は七竅三秋釘の発作に苦しんでいた。異様な気配を感じて張成嶺の部屋を覗いたら、かれがうなされていたのだ。
天涯客桟の中庭に出た周子舒は、庭木の根元にふたりの鬼谷の鬼が転がっているのに気付いた。廊下の欄干に身を預けた温客行が酒を飲んでいる。かれが張成嶺の部屋を覗く鬼を始末したのだ。
「また鬼か」
「鬼の仮面の下は人の顔かも知れんよ」
周子舒は差し出された酒をいったん断ったが、結局受け取った。
<第4集に続く>