ドラマ「少女大人」
第30集
<第30集>
祝宴の準備は順調に進んだ。禁軍統領の傅子佑が担当する警備に問題は無く、食事関係を担当する飛鳶は、蒋希文の代わりを勤めようと頑張っている。そのため、飛鳶は少し大人びて見えた。
ただ、花火職人たちの疲労は激しく、体調の悪い者が多かった。ここ数日で何人もの職人が倒れたという。裴昭は職人たちを医者に診せるように命じ、祝宴が終わった後には十分な褒美を与えると約束した。
祝宴を明日にひかえ、裴昭は太后の寝殿を訪れた。皇帝もそばにいる。裴昭は太后に進行表を見せた。
太后は夜遅くまで祝宴が続くことはないのかと訊く。予定では日没後すぐから花火が始まり、最後に”有鳳来儀”と裴昭が名付けた特別な花火を上げることにしている。今からそれを減らすのは惜しいと皇帝が言うと、太后はにこやかに頷いた。
「警備は大丈夫かしら」
祝宴には朝廷の重臣たちとその家族も列席する。間違っても花火の暴発などあってはならない。
「ご安心を。私と傅統領が万全を期しますゆえ」
明鏡署総署の劉玄も疲労が溜まっているようだった。昨日から咳と疥癬の症状があり、薬を塗っているという。
祝宴当日の朝、蘇餈はまだ咳のとれない劉玄に呼ばれた。
京城の東にある朱水村で飲用水の食中毒が起こった。飲用水は近くを流れる河から汲んでいるらしい。河は朱水村を流れたあと、東水門から京城内のすべての水路へと続いている。もし蘇餈が捜査中の毒物がこの河に投げ込まれていたら一大事だ。
飛び出して行こうとする蘇餈に劉玄が声を掛けた。
「きみを見ていると、京城へ上った頃の私を思い出すよ。くれぐれも気を付けて行っておいで」
「総署殿もお体を大切に」
捜査に出かける蘇餈の後ろ姿を、劉玄はまぶしそうに見送った。
蘇餈、董如双、謝北溟、そして陳捕頭の四人はひたすら馬をとばし、昼過ぎになって朱水村付近の河辺に到着した。民が怯えないよう、捕快たちはあとから来ることになっている。
董如双は河の水と河原に落ちていた桃色の粉末を採取した。この粉末が毒薬なのだろうか。
河の水に投入されていたのは、幸いなことに優曇婆羅ではなく雷公藤だった。雷公藤は殺虫、消炎、解毒に用いられる薬材で、毒性は優曇婆羅ほど強くない。
しかし村人の中にひとり、優曇婆羅による中毒者がいた。すでに右腕には赤い線が浮き出ている。
優曇婆羅の中毒者は、祝宴の花火を作る職人だった。男は咳き込みながら、数日前から重篤な症状になったと話す。
もしかしたら、祝宴の花火にあの優曇婆羅の毒が入っているのかもしれない。花火の爆発とともに毒が拡散し、宮中で夜空を見上げている人々が毒殺されるのではないか。
妙なことに、京城の京兆尹府へ通報した村長が村に帰ってきたのは、蘇餈たちが村人の診察をあらかた終えた頃だった。聞くと、村長が京兆尹府に着いたのは昼前の巳の刻だそうだ。
きっと犯人は蘇餈の視線を花火から遠ざけるため、朱水村の河に雷公藤の毒を投入したのだ。
京城から走らせてきた馬を、また酷使することになった。馬がつぶれるのが先か、京城の閉門が先か。
急いでいる道中に黒ずくめの刺客があらわれた。四人を取り囲む。
かれらの気配を朝から感じ取っていたのは謝北溟だ。蘇餈と刺客のあいだに割って入り、蘇餈を逃がす。
日没。祝宴の打ち上げ花火が始まった。夜空を見上げる招待客たちは感嘆の声を上げる。
「母上、この花火は兄上が心を込めて用意したんですよ」
皇帝の言葉を聞いて、太后は裴昭わねぎらった。
雲王が興奮気味に、今夜の花火について説明する。特に、最後に上がる”牡丹傾城”と”有鳳来儀”は格別らしいと褒める。
花火を見上げながら酒を楽しんでいた雲王の席へ太監がやってきて、小声でささやいた。皇帝と太后の前へ出た雲王は、雲王妃の体調が悪化したので急遽、王府へ帰りたいと願い出る。
「早く帰っておやりなさい」
許可を得た雲王はそそくさと帰った。
その雲王の姿を、劉玄は杯片手に横目で見た。明らかに劉玄は祝宴を楽しんでいない。
その頃になって、蘇餈はようやく皇宮の門へたどり着いた。急いで招待状を門番兵に見せ、通してもらう。
刺客を片付けた董如双と謝北溟も京城に入っていた。通りはどこも無人である。
角を曲がって裴府へ帰ろうとすると、謝北溟が立ち止まった。
「まっすぐ裴府へ帰るんだ、いいな」
「一緒に帰らないの?」
「今夜は無理だ。おれの帰りを待たなくていいよ」
じゃあ、と言って謝北溟が走り去る。
「そんな事を言われたら、気になるじゃない」
董如双は謝北溟のあとを追った。
皇宮内を走った蘇餈は、偶然、飛鳶に出くわした。花火に毒薬が入っていることを話し、それを裴昭に伝えてくれと頼む。飛鳶が皇帝や裴昭のいる観礼台へ走り、蘇餈は打ち上げ台が設置されている南側へと急いだ。
打ち上げ台の周りには数人の男たちが集まり、”有鳳来儀”の打ち上げ準備をしていた。蘇餈が点火を阻止しようと走る。男たちは短刀を抜き、襲い掛かった。劉宇と部下も駆けつけて、乱戦となる。
花火の導線に火が点けられた。打ち上げ台を飛び越しざまに、蘇餈が導線を切る。勢い余った蘇餈は防火用の水缸に頭をぶつけ、昏倒した。
「小蘇!」
飛鳶から聞いてとんできた裴昭が駆け寄り、何度も名を呼ぶ。反応はない。裴昭は蘇餈を抱え上げた。
いきなり夜空が静かになった。”有鳳来儀”の花火が上がらない。ざわめき始めた観礼台に傅子佑があらわれ、皇帝と太后に報告する。
「南側に刺客が闖入しましたが、すでに鎮圧済みです」
裴昭の指示を受け、傅子佑は驚く皇帝や太后、重臣たちを大殿に誘導した。
楼閣で様子を見ていた雲王、梨雨、謝北溟も、最後の花火が上がらないことに気付いた。
「まあいい、本当のお楽しみはこれからだ。死士の始末を」
梨雨がその場を離れた。
雲王が謝北溟を見る。
「溟児、頼んだぞ」
謝北溟は頷いた。
脳震盪を起こした蘇餈は、急遽、宮中にある部屋に担ぎ込まれた。飛鳶と、宮中に入り込んでいた董如双に後を託し、裴昭は急いで大殿に向かう。
着替えて大殿へ入った裴昭は、太后から厳しく叱責された。その最中に、騒動を耳にしたと言って雲王がやってくる。
雲王も裴昭を責めた。
「この件は明鏡署に調査してもらいましょう!」
雲王の提案に太后が同意した。皇帝は口を挟む余地がない。
裴昭は明鏡署ではなく、宮中で劉玄の尋問を受けることになった。
夜が明けた。明鏡署の大牢で、刺客三人が毒を食んで死んでいるのが見つかる。
<第31集に続く>