ドラマ「三国機密之潜龍在淵」 第52集 | 江湖笑 II

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ドラマ「三国機密之潜龍在淵」

第52集


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<52>


 力なく立ち上がった荀彧は、いまの曹操は出会った頃の荀彧を必要としていないと、尚書台を出ていった。曹操はその場にへたり込む。信頼を置いている人々は皆、なぜ劉平のもとへと去ってしまうのか。
 それから間もなくして、曹操は荀彧の訃報を受け取った。頭の中が真っ白になる。これは荀彧の、曹操に対する復讐なのか。


 大広間の中央には、伏寿の棺が置かれていた。劉平は、伏寿に最後の化粧を施してやる。
 司馬懿が棺を担ぐ宦官を連れてきた。荀彧の死を劉平に告げる。
 伏完を利用し、司馬懿は荀彧と楊彪を排除しようとしたのだ。荀彧は曹操を裏切ることは決してないが、彼は漢皇室へも心を砕いている。曹丕が見つけたあの二通の手紙は、司馬懿が偽造させ、曹操を滅亡させてやると生前の伏完に渡したのだった。各氏族の長である荀彧と楊彪を殺したとなれば、その後の曹操はどうなるだろうか。中原に居座れなくなり、漢皇室にとって代わることなどとうてい不可能になる。
 劉平はこぶしで司馬懿を殴った。荀彧はずっと、我らを助けてくれていたではないか。勝利と引き換えに、何千何万もの人の命を差し出すことはできないと、涙を流す。
 だが、司馬懿は劉平に背を向けた。


 孔融の首が街中で晒された。盧毓が民を煽る。孔子の末裔である孔融に対する曹操の仕打ちを、人々は非難する。


 劉平、曹操ら四人は、荀府へ弔問に訪れていた。荀彧の息子荀攸が、三年の喪に服することを曹操に承認してもらう。そして、本来なら曹操について鄴城へ行くべき荀一族も、許都へ留まりたい旨を願い出た。
 曹操はもう許都には居られなかった。早く鄴城に居を移さなければ、許都が戦火に見舞われるかもしれない。


 以前から頭痛を訴えていた曹操だが、とうとう激しい痛みにのたうち回るようになった。医官も匙を投げる。曹操は痛みで、神医華佗を処刑したことすら、忘れていた。
 痛みが少し和らいだ曹操は、劉平のもとへ嫁に行けと、曹節を促した。それが天下のためであり、曹節のためだった。


 頭痛の酷い曹操の代わりに寝殿へ上がった曹丕は、曹操からの託だと、劉平と曹節の婚姻を求めた。
 そこへ、曹節自身が劉平と話し合うため、入宮した。曹節は劉平との婚姻を受け入れていた。これは犠牲ではなく、自ら進んで承諾したのだと言う。


 劉平と曹節の婚姻の儀式は、雨のそぼ降るなか、粛々と行われた。曹操は遠くから嫁ぐ娘を見届けると、皇宮から去っていった。


 司馬懿は、川に面した閑静な邸宅に向かっていた。邸宅は司馬懿が唐瑛のために買ったもので、漢皇室が曹氏一族に勝利したら唐瑛と住み、そこから劉平を手助けしようと思っていた。だがいま、かつて思い描いていた平凡な生活は、もう望めない。
 邸宅には伏寿が住んでした。彼女は生きていたのだ。


 司馬懿に潜龍観を見せられた劉平は、伏寿を救うより、崔琰や儒学生の命のほうを優先する。劉平は司馬懿に、小さな薬瓶を渡した。薬瓶のなかには、服用すると数日間、仮死状態になる薬が入っている。劉平が冷寿光から譲られた薬で、退位するときに使用しようと思って持っていた。毒をその薬にすり替え、伏寿に飲ませてほしいと頼む。劉平は、伏寿と会えない苦痛は司馬懿からの報復で、唐瑛を死なせてしまった罰だと言った。会えなくても、伏寿が生きてさえいてくれたら、いい。


 その話を聞いた伏寿が、穏やかに笑った。
 司馬懿は、劉平が曹節を皇后として迎えたことと、曹操が許都を出ていくのに司馬懿がついて行くことを話す。曹節を可哀そうに思う伏寿の言葉を聞いた司馬懿は、そばに居るあいだに劉平の影響を受けたと笑う。だが、司馬懿が劉平を変えられないのと同様、劉平は司馬懿を変えることは出来ない。


 建安十八年、曹操は許都をあとにし、魏の都鄴城へ入った。これをもって、曹氏と漢皇室の蜜月期は終結した。
 六年がたった。鄴城では相変わらず出兵が続き、民の暮らし向きは苦しかったが、劉平の治める許都は豊かだった。









<53集に続く>





【四方山話】



 潜龍観でのエピソードで、伏寿に冷寿光の薬を毒の代わりに飲ませるよう、司馬懿に頼んだとき、劉平は「今まで司馬懿の言うことを聞いてきたのだから、今回はこちらの言うことを聞いてくれ」と言います。劉平が去ったあと、思わず司馬懿が呟いた言葉です。

「義和呀義和什麼時候聴過我的

義和や、義和、いつお前が私の言うことを聞いたことがあるか?