次に上げている武田邦彦の動画について、思った事をコメント欄で書いたのが次のもの。

こんにちは今起きていることは当然の結果ですよね。憲法の形式的最高法規性98条から,言葉の言い替えとして,その中の実質的な根拠としていて,次にそれを実質的最高法規性を価値秩序が恰もあるように装う姿から,この様な装いをすれば何でもいいというのが生じるのは当たり前ですよね。その典型が二重基準性の事柄。
 形式的に見たものは形式的でなければ真では無い,というのは論理学では当たり前なのに,小学時代に頭がおかしくなる筈ですよ。
教師に質問したのに,その事に付いての返答が無く,実定憲法と言われて伝統と歴史と価値とそこに存在という言葉が混乱しましたね(笑)
全て否定であって,残る肯定項目はそこにあるだけということで(笑)
しかもそこにある事すら,実際は国際法からも帝国憲法からも嘘というんですから(苦笑)更に憲法的な価値基準性は何処にも存在しないというのが実際で。
どうやって世の中が動いているのか訳も分からなくなりますよね(笑)

この動画に対する投稿での事は正に、私自身に起こったことで、このことに付いて周りの同級生達に共感なり同意なりを求めて廻ったが、誰にも何も通じず、更には事の深刻さに付いて誰も判ってくれず、誰も誠実に対応しない。

それは大人達でさえもという。

この混乱した状態が強まっていき、頭の後頭部に白髪が増えだし、白く覆いだしたという。

そこで、どうにもならないので爺さんの話を聞きたくなり本家に行ったのだった。

爺さんだったら私の質問が解ったのにと何時も周りの口に上っていたから。


政治とカネ?それとも・・(1)令和5年12月18日
法の下の平等について、理解できていないという指摘があるが、受容形式の(訂正)齟齬だな。

問題解決手段というものに意識が向かって行って、そちらに引っ張られたということか。

詰まりは本質的なモノに感性が向いてしまい、その感性からの範囲で論理性を組み立ててしまったという所か。

反省か。

それに加えて指示区分の解説広範囲さによって許容範囲内であると判断したって感じかな。解説をみても細かい指示特には無かったから良しとしたという判断をその時はしたという感じかな。

それに国民権から人権へと自由権から社会権へと法律による保障から憲法による保障へと国内法的保障から国際的保障へ、という形があるから、総てが弱いながらも互いに其々結びついているという大枠的構造体を観て書くべきとする思いも入ってしまったというところか。

ここら辺りが反省点という所か。昔からそうなんだよな、自らの精神的な活動によって文章に解決手段を求めてしまうという。

もっとアルス・マイオル的な縮小した、近視眼的なモノを書けということ、そして二重基準体制からの見方による嘘を黙殺しろという事だな。

ここら辺りはニーチェの言う通りだったと言う訳だ。

 議員のレベルの低下というのは当然起こる結果ということ。

何故なら表の活動として求められる日本では嘗てあった華族という存在がいなくなっているからということがが大きいという事か。

 人間は放って置けば易きに流れるのは自明の理であるのはよく知られていることなのに。

これもマッカーサー草案の一つであるのは学べば分かることで,華族が存在する為には色々な条件それも上昇させる条件が公になっているからこそ、それがとても参考にされ信頼されるものでもあったということ.

 このことが小学時代に応援団という存在に現れる話と共通するという感覚を覚えたものな。

当時の応援団は専用の席にが在り,礼儀正しさ,態度の立派さ,責任感,他者から認められること,更には模範的な行い,そしてそれぞれが調和していていること,というのが在って初めて上の序列に至れるというのがあった。

そこで、考えたことはでは社会はどうなのか。

こういうのが無くて、社会が廻る事が出来るのだろうか?と幼いながらに思ったのだった。

誰しもが遣りたがらない役目というのはあるが、けれども必要とする役目というのはある。


当然,成長し社会が、そういう風に出来ない事は学んで知る事になる(笑)

これが、人としての運動性の喪失が現れる一因だったんだものなぁ
 制限された空間での運動に付いておかしいと修正しようとしても、その制限の中であって、修正が修正にならないのは数学で見ても明らかだろう。

この場合を考えるときに現実世界ではどうするかという課題は2023年8月からの課題だったんだな。この根源的な問題を考える時に何をすれば実態と合うのかを探していたという訳になるのか。

それが正に数学から派生している哲学の思想体系ということに為るんだものな。昌かという感じだよな。

哲学がどういう風に繋がって行くのかということは長年考えていた事ではあったが、哲学を初めて聞いたのが何と小学生時代だものな。小学生時代は何時かは詳しく遣ることが教育課程の中で入っているものだと思ってしまったが、これが無いんだものな。

哲学の内容を戦前は中学時代からその片鱗が入り始めたというし。その片鱗に対応するために、当時は小学生時代からその道標を与えていたというのに、当然そのことが与えられないから当時も妙だとは思ったが、一気に遣るものなのかと良いように解釈してしまったものな。

何と言っても時代や或いは時間が進んでいるんだから劣化や退化している筈がない、何と言っても学問を学ぶところなんだからと。

この事でも取り違いが幾つも起こっているんだものな。もちろん当時は気付かないわけであるのだが。

その取り違いが、学校は学校ではなく、書院に過ぎないということで、それが連なっているだけ。

学問を遣るところではなく書を読み解くだけということ。

さらに言えば先生は先生ではなく、書生だということで、書生授をしているだけだということ。


現実世界では制限の中の空間と時間と運動ということだものな。。
 此程に教育原理について考えるのが難しいことだとは思はなかった。先ず歴史から詰まり広い視点でと言う意味の記述を前提にしつつではあるが,その上に小さい視点でと言う意味の個人の見え方に,社会的な影響からのものに。

 そしてそれぞれの要素に分解していく,各々に繋がりをもち関係している。ただし,その見方は大きいものから見た場合の記述が主であるから,個から見える視点からも記述を用するとなり,さらにその場合には見えないモノからの視点も必要となり,個人でも大きいものも必要視点でもあるという。


更にこの視点だけでもない訳で,実際は今そこにある,「もの」に意味は在る訳でとなると矢張り私が感じて思ってきた資料の要約とそこからレジュメ要点を纏めるしかないよな。急いでいるのに時間ばかり掛かってしまう。

要約をする必要とある所とないところがあるので全ては必要ではないだろうが,内容を把握した上での必要もあるから,全体が必要となりその上での要点となり増々遅くなる。


 今までに,こう言う事を考えたりはしたが,直接「形」にしようとして資料を読み込んだりもしたことは無かったな。此処でも形が出てくるか(笑)事前に読んでいたなら早かったんだが読みながら,理解しする為に図にし,その上で全体を把握し,そして関係する全体からの点を踏まえた上で,此処の形を探ると言う形か。

この考えている事そのものその原理にのっとっていると言うんだから何重だよって感じだよな。(笑)

それに加えて読み込むのは纏めるための書く資料だけではない訳だし。どうしても納得できないとその先を理解ししなければならない訳でとなる。

標準でも時間が掛かると判定される意味が漸く理解できたって感じ。

そうだ,シュタイナー教育を前に知っていたけど此処で繋がって来るとはね。そしてそれが私が知りたかった心理の事にも繋がっているんだものな。

この期間中に知ったことが日本では導入されていないと言う話でと繋がる訳だが・・。

長くなるのでこの辺りで切るか。