久し振りにブログを書きたく成った。ということは頭に混乱している部分があるということなのだろう。xでは済まない次元の高い高度な日本語なのにも関わらずで、短文では済まないし済ませられない程のという。
書きたいことソレは時間認識についてことだった。時間を認識するには単に真面にみれば済むのだと思っていたけれど、実は層では無かったんだなということを漸くというか認識し始めたということか。一般的な者にとっての時間認識というか、時間について、私の性質ではとても認識するのに苦労する性質のADHD性質が関係しているということは把握しているが、その中でその一般の認識を把握するのに、時間について普通の感覚を持っていない私にとって、その一般的な時間を認識するのに時間が掛かっているということか。
そして把握するには空間に存在する時間の状態を認識しなければ為らないけれど、その空間の時間を認識するには先に時間を認識してからでないと認識できないという、何とも逆説的というかパラドックス的なことが起こるということか。
それから、その起こりうる時間を先にということは予め先に時間線を把握することは詰まり時間線を複数把握して置くことか。
それから、その時間線は次の細かい数の瞬間には幾つも更に生じているとなるか。
だから昔に共感覚で時間が見えた場面で極小からの次の所で膨大なモノを感じたのか。数々の不思議なモノが見えたんだよな。ソレが普通の一般の人と時間についての認識が違うという所なんだけど、だから一般の認識についてどう考えるのが普通なのかというのが混乱するということで、フッサールの時間とヤスパースについてが私には必要ということか。
ヤスパースも昔に本家で話されていたことだものな。大伯父さんは解っていたということだものな。