人生の色んな場面で、
誰かからの言葉に影響を受ける
ということがあると思います。
何かの決定や選択、方向性において
アドバイスや助言をもらって、参考にしたり決めたりということは、
大なり小なりあることです。
身近な人で言えば、
親やパートナー、友人、
また、仕事の関係者やメンター的な存在
色んな相手がいます。
その言葉は、
自分にとって必要な、重要なことである場合もあれば、
受け入れる必要がない言葉という場合も
あるでしょう。
ある程度、自分自身に
信念や軸があれば、
適度にその言葉を聞きつつ、自分で考えて
受け入れる、あるいは受け入れない
という判断ができます。
人は会話の中で、日々
無意識にもそういったことを行っているものです。
全く他人の言葉に耳を持たない
ということはあまりないと思いますが、
自分自身に迷いや自信のなさがあったり、
その相手が自分にとって大きな存在だったりすると、
全面的に言葉を受け入れるということは
あることだと思います。
この人の言うことなら、何でも受け入れちゃう
そんな相手がいるかもしれません。
幼い子供にとって親は
そのような存在でもあります。
親から言われた言葉を
良くも悪くも大事にずっと覚えている
ということは誰しもがあるでしょう。
でも、意外と親の方は
“そんなこと言ったっけ?”
“あんなこと言ったけど、あの時はあの時よ~”
などということも多々あります。
言われた身としては、
その言葉が胸に刺さっていたり、
場合によってはその言葉で人生の道が決まった
と思うようなことでも、
言った方にとっては、大した言葉ではなかったり、
その時はそういったけど、今はそう思わない
ということもあったりするわけです。
「おいおい、そりゃないだろ」とツッコミたくなりますが、、
“そんなものなのだ”ということもまた事実であるのです。
親に限らずですが、
その人は、その時の状況で、
その時の気持ちで、その時の考えで、
真剣に言ってくれてる、としても、
ある意味、結局のところは、
“その人の” “その時の”なのです。
その人は自分ではありませんし、
その人が自分の人生を生きるわけではないのです。
誰かの言葉、
大事な部分は受け入れつつ
流すところは流す。
バランスよくいきましょう![]()
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