少し長くなりますが、今日は私の魂がなにを目指していのかをまとめさせていただきますね。
それは私がセラピストとしてヒーラーとしてこれから歩み続ける上でとてもとても大切なことなので。。。

今日、「死生観」について考えているときにちょうど、ご恩のある方が非常に身近にある存在のかたが亡くなったというお報せを聞きました。
 
死生観。。。これは実は私が幼いころから漠然とですが考えていたことです。。。
 
私は子供の頃から数える程ですが、死を身近に感じる体験をしています。
よく聞かれるようなエライ事故に遭って臨死体験ではないのですが、、、 
 
それでも、子供の頃に体験したのはあんまりにも中途半端過ぎて、却って「死ぬの怖い」が余計強くなりましたが、、、 
 
最後にそれを感じたのは5年前。
ある朝、起きようとしてもベッドに身体が縫い付けられたように起き上がることができない、、、ということがありました。
当時は右目の視力を失ったり、身近な人間関係で様々なストレスがかかっていたり、アトピーはどんどん悪化、パニック症も酷くなる。。。

そんな中で心身のバランスを崩していたのでしょう。

肌は荒れ、身体中の毛が抜け始め、まさにやつれ果てて行きました。
食事も何を食べていたか記憶にありません。。。
 
夢とうつつを行き来するような生活が二ヶ月?記憶も定かではないですが、、、自分の中では一日が実は10日間ぐらいたっていたこともあるので、、、

そのときに、ベッドに横たわりながら「死」を意識したのです。

人って簡単に死ぬんやな、、、
ガンとかじゃなくても、アトピーとかストレスとかで簡単に死んじゃうんだな。。。

その瞬間、カミナリに打たれたように聞こえたのが、
「こんな理由で死んでいいの!」
「私は私の本当の意志を貫いて生きてきた?」
「そうでなければ今はまだ死んでいけない!」

この声を聞いた時に、私は常に死はそばにある。
角砂糖が水に溶けるように、生の世界から死の世界には直ぐいける。。。

なら、なぜここに在る?
ここに在るカタチでやるべきことがあるからじゃない。

それと同じく、死は別に何も変わらない。
変わるのは「肉体がなくなるだけ」
感覚を伴うこの「肉体」からはがされる苦しみはあるけれど、ただそれだけ。。。
「生と死の境界線は本当に紙一重、それをこえることができないにはそれなりの理由が在る」

そう気づきました。
おそらくこの時私に声をかけてくれたのはハイヤーセルフでしょうね。
あれから、、、特に最近は自分自身の身の振り方に悩んだときはハイヤーセルフとつながります。  

そう気づいてから、私は大切な人たちに助けてもらい今世で生きるため、回復するために努力しました。

今世でするべきこと、なすべきことをするために、それを見つけるために、漂ってきました。

もちろん、真っ直ぐに来たわけではありません。
あっちふらふら、こっちふらふら、、、

誘惑にも負けたこともあるし、自暴自棄にもなりました。

でも、いつも心にあったのは
私が今世の私としてやるべきことを探し出さないと、私の魂はまた彷徨う。。。
だから死にたくない!
人生を放棄したくない!
でした。

自分自身が「死」の境界線をこえることに理解ができても、誰もが同じように理解できているわけではないことも知っています。

身近なところで私の父が今、大きな病と戦っていますが、父もまた「死」というものに抵抗しています。
死に対する考え方が変われば、抵抗をするにしてもずいぶんと楽になるのに、、、と、あらん限りの手を尽くす父をみていてなんと声を掛ければよいのかわかりません。

これは自身で気づき、受け入れ、納得しなければ難しい話です。

そういうところで、無力な自分自身を歯痒く思います。

先日の金子哲雄さんの著書を読んで、金子さんと奥様の死生観の共有についてすばらしいな、と思いました。

この共有が非常に難しいのです。
だれとでも簡単には共有はできません。本当に難しい問題です。

こう書きながらも、私も身近な人を送るときは非常に辛く、悲しく、涙を止めることができません。

年齢的に父母を見送る時のことも考えます。

今世での別れはとても辛いです。
もう、触れることも、話すことも何も叶わないのだから。
だからこそ、あの時にこうしていれば、ああしていれば、、、と思う。

けれど、死は終わりではなく、形が変わるけど生き続けている時と何ら変わらないことだと私は気づかせてもらいました。

魂は死んでも生き続ける。
まさにそうだと思います。

この五年間、あの日
「生と死の境界線は本当に紙一重、それをこえることができないにはそれなりの理由が在る」

そう気づいたあの日からずっと考え続けてきたことが、ここ一ヶ月ほど続けてきた棚卸しの中でまた一つまとまってきたように思います。

何のために私は生きているか、
私の魂が求める真理を知るため。。。

それが見つかるのがいつなのか?
それがわかる時が、、、

その日まで求め続けたいです。