寒い上に花粉も飛び始めて、さらに大陸からPM2.5とかいうものも加わり、これからの数ヶ月が思いやられます。本当に辛いです。
といいつつも、日々の仕事に取組まなければいけないわけですから、どうせなら花粉症を楽しむ方法はないかと考えています。まぁ、あるわけないか(笑

マウナケア山。標高3000M超え地点にあるオニヅカビジターセンターの駐車場にて。
前回示したように、モデルケースで考えると非常に単純な話しのように思えます。でも現実はそう簡単ではありません。
「部分最適」の現状については、皆さんが組織に所属して仕事をしているのであれば、まず間違いなく経験していると思います。
部門間での手柄の取り合いや、責任の押し付け合い、結果に対して責任を問われない、力関係で理屈を押し切る調整(こういう人がやり手と評価されたりするものです)などですね。思い当たることはありますか?
▼こうして見ると
我々にとって個別最適が自然な思考であり、全体最適の思考はその実現を常に意識して行動しないと成し得ないように思えます。それだけ、難しいことだということですね。
組織が個別最適になる原因は幾つか考えられます。
キットPMが直接かつ最大の原因だと考えるのは、組織の評価制度です。日本の組織で一番ポピュラーなのは、部門毎に目標を定めその目標の達成度合いに応じて、評価をするというやり方です。
また、部門の評価は部門に所属する個人の評価に結びつきます。
この方法であれば、(個人評価があるとしても)所属する部署の目標を達成することが、自分の評価に直結するわけですから、当然のように部署の目標達成に邁進することになります。当たり前ですね。
▼さてこうやって、それぞれの目標達成に向けて
一生懸命行動する人は、とても合理的な行動を取っているわけですから、何の疑問も感じずに部分最適を追求することになります。
でも、前回検討したように部分最適の追求が、組織全体として最適であるかは疑問となります。
このように、個々では合理的な行動が全体として必ずしも良い結果をもたらさないことを、経済学では「合成の誤謬(ごびゅう)」といいます。
つまり、部分最適は部門や個人にとっては合理的であるために、その結果として全体がどうなるのかを理解できないと、本当の効果を正しく判断することなどできないのです。ここにも、全体最適を実行する難しさがあります。
▼もう一つの原因に、日本人独特の国民性が
あるとキットPMは考えています。それはズバリ、私たちはタテ社会の住人だということです。
次回は、タテ社会と部分最適について考えることにします。