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「本当の私」以前の記事→☆☆☆
アクセサリーに興味はなかった。
モノ作りは苦手な私。
でも、どうしても肌身離さず身に着けておきたいアクセサリーがあります。
私と出会ったことのある人は見かけたことがあると思います。
太っているので鎖骨ありませーんf^_^;
このネックレスは亡き父からもたった最後のプレゼントです。
結婚するときに母からそういわれて渡されました。
私はお父さん子でした。
昭和の亭主関白そのままの父。
仕事は真面目に頑張るけれど、家では絶対的存在の父。
父はビールが大好きで、タバコも吸っていました。
腰痛がひどかったのもあるけど、昭和丸出しの腹巻の父。
父が旅行に行くと言ったら家族全員、旅行に行く。
父がご飯を食べるといえば、空腹でなくてもごはんの時間。
父が犬を飼うといえば、犬がやってきました。
写真折れてた。゚(T^T)゚。両目ブルーアイのハスキー犬。ぺルって名前でした。
ほんと厳しく育てられましたよ。
悪いことをしたときには今では考えられないですが、壁に向かって立ってろ!と言われ、1時間立たされたこともありました。
動こうとすると怒る父。
私は本当に反省してました。
だから、その悪さは二度としません。
父の恐怖からというより、本当に悪いことをしたと実感していたからでした。
実は息子にもさせてみようとしてみたことがあります。
でも、5分も持たなかったんです。
息子には私がめっちゃ怖い存在ではないのか、悪いことだと響いてないのか?
私は、立たせることが目的ではなかったので、その後話し合ったこと覚えています。
だからと言って父が間違っていたとは思わないです。
私はそうやって育てられましたが、父の子は大好きだし、今でも正しかったと思えることはたくさんあります。
車の免許も当時、女子(中には男の子も)はAT限定車の免許を取る子が多いのに決してAT限定車の免許なんて許してもらえませんでした。AT車は車じゃない!って・・・お父さん、今ではほとんどの車はAT車ですよ!
背の低い、足の短い私は苦労しました。
なんせ、クラッチが遠い・・・。教習通りバックするのめっちゃ苦労したわ!
頑張って取ってからは家にある車を動かせてそれは便利で仕方がなかったです。
父は愛情深い、人情味あふれる人でした。
友だちも仕事仲間もみんな父をしたってくれていました。
私は亭主関白で、俺様な父でしたが、家族思い、友達思い、仕事仲間思いを教えてもらいました。
そんな父は子供には甘い一面を持っていました。
それは欲しいといったものは比較買ってくれたんです。高い物は別ですよ!
小学生の頃はローラースケートやスケボー、フラフープに竹馬、一輪車。
CDWラジカセ、MDプレーヤーなど、思い出すとたくさん。
そんな父からの最後が上のネックレス。
勝手に父が私を守ってくれていると思えてしまうんです。
自然と胸元に手を当てるとネックレスがあり、それがあると安心するんです。
グルーデコ®をしてて言われたことがあります。
なんで、これから教室しようとしてるのに、グルーデコ®の作品を身に着けないの?
さすがに苦しかったです。その通りだもん!
言われてから、父からもらったネックレスを外し、グルーデコ®で作った作品をずっとつけていた時がありました。
グルーデコ®の作品もステキなんですもん!
それからは常にこれってネックレスではなかったんですが、やっぱり身に着けておきたいなって思ってたんです。
先日、重ね付けしたらいいやん!
正直、取り忘れて重ね付けしてるときはあったんですが、意図的にはありませんでした。
これからはそうしよーって思います。
私、ファッションについても勉強しないといけません・・・。
続く・・・☆☆☆




