みなさん、今日は宗教のタブーについて触れます。
自分が宗教その他に救いを求めている方は読まないでください
。
苦しくなるので、文句を言いたくなってしまうかと思われます。
いきなりですが、その宗教で救われて幸せ
を満喫しているのでしょうか![]()
本当の意味で安心感があるでしょうか![]()
いつか幸せになるのではなくて、今、幸せを感じているでしょうか![]()
義務的な役割りを果たし、かりそめの安心を手にしていないでしょうか![]()
僕のところに相談に来る方で、宗教に入っている方は
ハッキリ言って自分と向かい合うことができなくなります。
その理由は、本当の自分と神が言っていることが異なるからです。
神が言っていることとは、神が現われて言っているのではなくて
その宗教の教義や神父や牧師、住職、僧侶などが言ったことです。
そこで本当の自分を信じるのか、神を信じるのかの葛藤が起きるのです。
言っていることが同じであれば葛藤や対立は起きません。
ですが本当の自分と神(教義等)は、まったく正反対なのです。
そして葛藤の挙げ句の選択肢としては、「神を捨てられない」となるのです。
と言うことは、本当の自分は、どうしてしまったのでしょう![]()
それは本当の自分を捨ててしまったか、隠して見ないようにしてしまったかです。
それでは、どうして神を選んだのでしょう![]()
それは、神が全能とされているからです。神に間違いはないと思っているからです。
神は全能で、自分は不完全と思っているからです。
それに神を捨てたら、バチが当たる、罰せられるという恐怖が入れられています。
ですが、それらは入れられた恐怖です。
もちろん、その恐怖は神が入れたのではなく、別の誰かですよね。
でもそれは、生きていけないくらいの恐怖
になっているのです。
生き方、選択の仕方として、どちらが良くて、どちらが悪いとかはありません。
そこは、自分がどう生きたいかの問題になります。
その宗教で満たされて、幸せを感じていれば、それでOKです。
その人の人生は、それでいいのです。
自分と向かい合い、自分の人生を生きたい人は、自分の人生を生きればいいのです。
たった一度の人生
輪廻転生も関係なしに、
今の人生、今のこの時間
を、どう生きたいでしょうかね。
すべては、「今」の中にあります。前世にも来世にもないし、過去や未来にもありません。
そんな自分の「今」を、どう使いますか![]()
あなたの「今」の、その選択が自分の人生をつくります。
なりたい人生を、あなたが、あなたの責任でお選びください。 すどうゆうじ![]()