「PERSONA HPW-200JC」
筆者が初めて手にしたPDAは、日立PERRSONA HPW-200JCであった。1998年発売のこのモデルは、SH3マイコンをCPUに使用し、本体RAM16MBという今から見ればずいぶんと貧弱なハンドヘルドPCであった。
その後発売されたアップグレード・キットを導入し、次機種のHPW-230JC同等のSPECにエンハンスし、内蔵RAMも32MBに拡張した。
まあ少しは使えるマシンになったということだが、基本貧弱なことに変わりはなかった。
いろいろと欠点はあったが、フリーソフト作者各位のお陰で「育てる楽しみ」を味わえるハードであった。
自らもPocketCという開発言語とPCFormというビジュアル開発環境を入手して、いくつかのアプリケーションを開発してみた。
最初に作ったのは確か、「U-Convert」というテキスト・ファイル形式変換ソフトだった。
これはASCII形式とUnicode形式を相互に変換するツールだったが、ファイル読み書き機能の使いこなしの為に作ってみた代物だった。
WindowsCEの世界はUnicodeを標準にしている様なのだが、PCとの互換性というしがらみがある為、結局Shift-JISの呪縛を逃れることは出来なかった。
Unicodeではファイルサイズが2倍になるという、メモリー不足に悩むCEマシンにとって致命的な欠陥もあった。
「良いアイデアなのに、実力が伴わない」という典型的なジレンマである。
世の中は、そういう矛盾に満ちている。
その矛盾を誤魔化して、何とかやりくりするのもまた楽しからずや。
想うのだが、PCやPDAを使いこなす楽しみは盆栽を育てる楽しみに似ているのではなかろうか。
盆栽を育てたことはないが、なかなか思い通りにならない相手に根気よく手を掛けていく所が共通していそうに思う。
盆栽を育てたことはないが、なかなか思い通りにならない相手に根気よく手を掛けていく所が共通していそうに思う。
プログラム開発は「作品を創る」という点でチャレンジングな楽しさがあった。
公開した作品がモバイル機器雑誌に収録されたり、ネットで紹介されたりするのは、虚栄心をくすぐる面もあった。
公開した作品がモバイル機器雑誌に収録されたり、ネットで紹介されたりするのは、虚栄心をくすぐる面もあった。
仕事でもペルソナ初号機をよく利用した。
HPW-200JC改の長所は、何といってもキーボードである。デスクトップPCのそれよりも叩き易いのではないかと思わせるくらい、良くできた代物だった。
当時は私物の機器を業務使用することが認められていたので、オフィスのPCとH/PCのスケジューラを同期しながら、会議の議事録作成や移動車中での出張報告作成等に活用したものであった。
実用に供した自作ソフトとしては、「ぎじ六くん」と名付けたツールがあった。(1999年7月リリース)
これは必要項目をそれぞれのテキストボックスに打ち込んでいくと、議事録の形に整形してくれるという代物だった。
文字罫線を上手く利用してA4サイズの書式に合わせてくれる、なかなか便利なソフトだった。
出来上がったテキストファイルをメール本文に取り込んだり、添付ファイルとして送信したりする形でよく利用した。
出来上がったテキストファイルをメール本文に取り込んだり、添付ファイルとして送信したりする形でよく利用した。
【スクリーン・ショット】HPW-200JC改での操作中画面

【出力される議事録サンプル】SigmarionⅢで議事録フォーマットを表示したところ

*画面キャプチャには、伊藤栄一郎氏の「CaptCE」を使用させていただきました。
これはすべて現実の話である。