何を今さら・・・と言うなかれ

明日(正確には今日だけど)からブートキャンプに入隊だー


ヨガを含めて習い事がそろいもそろって「盆休み」だから

ヒマと体力を持て余してる?  うちに

1週間やったろーじゃんかー

ということで。

翌日にすべき運動がない!ということは

筋肉痛もウェルカム状態なのだ。


完全にブームを後追いしてるみたいだけど、

DVDだけはずいぶん前に手に入れていた。

そして、やったのは1日だけなんだなぁ汗

あれは運動不足の人のためのプログラム、たぶん。

でも、いきなり張りきって故障した人はたくさんいるのでは?

真剣にやったら運動してる人にもキツイかも知れないけど。

運動してる人は「コレ以上やったら故障する」という

程よい手抜きも知ってるはず。


今住んでるのは古めのマンションだから

あんまり暴れられないし(ちょっと言い訳)

でも、ウチで運動するメリットは大きい。

それは、終了後シャワーに直行できるからラブラブ


明日から、再入隊しまーすチョキ

と言うか早く寝ろ!って感じですね・・・

おやすみなさい☆




今日はヨガの話。

アシュタンガヨガがお気に入りって前書いたけど

パワーヨガのクラスもたま~に受ける。

アシュタンガは初心者向けクラスなので、

たくさんのポーズは出てこない。

パワーヨガは初心者であってもポーズのバリエーションが豊富。


で、その中で私は割り座が苦手。

一般的に男子は苦手とされている。


割り座ってのはね、

1:まず正座します

2:前のほうに両手をついてよつん這いになる

3:両足の間を少しあける

  そのまま、その間にお尻を落とす。(お尻を地面につけて座る)

4:腰を入れて背筋をまっすぐにする。

  膝や足首、股関節の硬い人は、もう充分すぎるほどツライはず。

5:そして、そのまま後ろに上半身を倒して寝ます。

  3~5分キープ(自然な呼吸をする)


布団の上ならまだしも、フローリングにヨガマットだと

足首が痛い~(私の足首が硬いから)

膝とか股関節うんぬんよりも、あ、足首がぁ~あせる


ヨガ教室では床が固く、座布団をひくズルも出来ず

けっこう苦行に近い・・・

ただ、他のポーズとの兼ね合いもあって

時間はそんなに長くない、と思う。


で、自宅で練習?するときは「快楽的」にやってます。

「自分に甘く」布団の上で、

しかも上半身を後ろに倒すと膝もツライので

背中に座布団2枚もひいちゃってる。

それでも、最初はかなりきつかった・・・

少しカラダがなじんてきて、

自宅限定ではあるけど、今は少し「いい感じ」に。


慣れると縮んでるスジが伸びて、気持ちいいですよん音譜


すっかり朝と寝る前の習慣になりつつある。  

ズルをしながら・・・とはいえ、

「気持ち良さを感じる」

何だかヨガに少し慣れたような気がする

嬉しいクラッカーなのだ(単純)








長崎で平和祈念式典をやっている。

今日の夕刊の1面は平和を願う人たちの姿だろう。

そう、風化させてはいけない。


今年も悲しい事件があった。

長崎の前市長が銃撃され、亡くなったこと。

動機は分からないが、何年か前もそんな事件があった。

平和を訴える人が傷つけられるなんて

とても悲しく思う。

自由に思想を語れないなんて、恐ろしいことだと思う。


原爆を投下されたことで戦争が終わったのだ

という前防衛大臣の発言が話題になった。

アメリカの言い分そのまんまじゃん・・・


今朝のネットニュースで東京にも原爆を投下する計画があった

とする記事があった。

想像すらしたくない恐ろしいことだ。

1発の爆弾で街中を焼き尽くし、地上は地獄と化した。

2度もそんなことがあって、3度目もあったかも知れないなんて・・・


戦争で泣き苦しむのは一般市民だ。

戦争を仕掛けた人たちじゃない。

それは今も昔も変わらない。


62年も経ち、核兵器は世界に拡散しつつある。

あの残酷過ぎる光景を、自分の身に起きるかも知れないのだと

何故想像できないのか?



少し前にNHKスペシャルで見たのだが、

日本で初めてノーベル賞を受賞した湯川秀樹博士は

晩年、世界中の科学者たちに「核不拡散」を訴え続けたそうだ。

自国の国益?のために頑なだった彼らに

投下直後の街の映像を見せたそうだ。

それを見た翌日、彼らは意見をひるがえしたそうだ。


残酷な映像なんて誰も見たくない。

でも、直視して現実なのだと知らなくてはいけないことがある。

言葉を尽くすことも大切だが、

何よりも説得力があるのは映像かも知れない。

日本は唯一の被爆国として、語り継いでいかなくてはいけない。


湯川秀樹はこう書き残しているそうだ。

「一日生きることは、一歩進むことでありたい」