前回の続きですが、道安が足が悪かったととしても、点前をする時、正座は出来たのか?

 何とも言えませんが、そもそも茶の湯の点前を正座して行うようになったのは、そんなに古いことではないという説もあります。もともとは正座ではなく、胡座(あぐら)、又は片膝を立てた姿勢で座り、点前をしていた、正座で行うようになったのは、江戸時代中期以降だという説もあるようです。しかし、現代では、膝が悪くて、正座であれ胡座であれ、そういう座り方が出来ない、椅子に腰掛けないと駄目という人も結構多いようです。昔の茶人にも、そういう人はいなかったのか。皆無ということはありますまいが、割合はグッと少なかったのでしょうか。なにしろ、昔の人は日常生活が、畳か板か、とにかく平面に座るということが基本の動作ですから、現代人のように、日常の大半を腰掛けて過ごすのと、鍛え方と慣れが違っていたでしょう。ともあれ、昔の茶の湯の点前に関する資料に、足腰が悪い人のための作法を説いているのを、私は見たことはありません。露路の飛び石の据え方で、足許の覚束ない老人の為に、危なくないよう注意すべきと説いたのはあったかと思いますが。そう言えば、私は実物を見たことがなく、現在はまず聞いたこともありませんが、老人の客には、露路杖というものを用意するのが、昔の茶事の作法だったようで、つまり足の不自由な人への配慮が皆無だったわけではないかも知れません。想像ですが、昔の茶人は、座るということさえ出来れば、正座でなくとも、なんとか切り抜ける自由さがあったか、どうしても座れなくなったら、潔く茶の湯と縁を切ったのかも知れません。明治以降の、高橋箒庵や野崎幻庵の残した記録を見ても、当時の数寄者達は老齢が多いですが、やはり足腰の話はまず出てこない。「長い露路は足許の危ない老人には迷惑」とか、客が杖を使ったという話はあっても、それ以上の話はない。たしか益田鈍翁が、片膝を立てて点前をしたという記述があったかと思いますが、とにかく、戦前までは、茶人の足腰は大丈夫だったようです。

 話を大元に戻して、現代の茶の湯世界、家元クラスでさえ、足腰を患い、畳に座れぬ人もいるという噂を聞きます。老齢化社会、畳のないのが多数派の住宅事情、気候変動などの環境の変化や、食生活の変化による日本人の日常や身体の変化は、今後もあまり明るくなりそうにもありません。そんな将来、茶の湯が生き残り、伝えられて行くためには、茶の湯での足腰の問題は、茶の湯の指導者は、もっと真剣に考えておくべきかも知れません。

 なお、ついでですが、前回、「明治の初めに立礼式が考案されたのは、座り慣れない客(外国人のような)のためで、足悪い亭主のためではない」と書きましたが、最近の学説では「裏千家の玄々斎が立礼を考案したのは、禁中への献茶を考えていたからだ」という説があることをご紹介しておきます。そうだとしても、足の不自由な亭主の為に考案されたものではない

ということは同じですが。

    萍亭主