前回の続きですが、藪内家の見学は、スタート地点の広間に戻りました。

 ここで思いもかけぬサプライズ。予定になかった源霊閣を開けてくださるといのです。源霊閣とは、いわゆる祖堂、祖先を祀るところです。これは、須弥蔵の北裏側にあり、半間の廊下を隔てて接しています。緝熈堂の縁側から、露地の中を延段が通じており、通路の上には、屋根が掛かって、回廊風になっています。そこを進むと戸口があり、上がって右側が源霊堂、左側が須弥蔵の茶道口になります。源霊閣の中は、朱色の壁で、天井近くまでの高さで、部屋の幅いっぱいの大きな祭壇、前は縦に畳三枚。中央に、高く観世音菩薩像(高すぎてお顔はよく拝めません)、その下に、達磨大師像。左右に円窓があり、それぞれの中に、利休像と流祖剣仲紹智像が祀られています。祭壇前の座布団、仏具のリン、燭台などは、お寺さんにあるものと同じくらい大きい。拝礼を済ませて、立ち上がって見ると、左右や背後の長押には、賞状などの額がびっしりと掛け並べてあります。一々詳しくは見られませんが、一際大きい字で書かれた「従五位」の授与状がありました。伝達者が大平正芳総理なので、時代からみて、先々代家元竹風宗匠に贈られたものでしょう。その場でご説明はありませんでしたが、後で資料を見ると、達磨像は、抹茶を日本にもたらした栄西禅師が、中国から持ち帰ったという伝承があるそうです。祖堂は、三千家でもそれぞれ拝観した経験がありますが、源霊閣は、もっとも祭壇が賑やかで、間近に感じられたように思えます。私のような不信心者でも、南無と自然に合掌する雰囲気がある御祖堂でした。

 再び、緝熈堂に戻り、釜を揚げて下さった炉の中を拝見。藪内流は、炉の四隅に、霰灰を丸く盛り上げるという独特な作法があり、この炉中は初めて拝見しました。この丸い盛り上がりは、本来は灰匙一本で作るもので、相当難しい技術がいるそうです。ただ、先代家元が、詳細は分かりませんが、灰を盛り上げるカップ状の器具を考案されて、以後、随分楽に出来るようになったとのことでした。藪内流は、風炉の灰は、藤灰を用いて、原則、一回限りの使用なのだそうです。質問する機会があったので、昔の資料では、中露地の腰掛には、伝来の金属製の灯籠が釣られているとあるのですが、見当たらなかったので尋ねてて見ると、確かにそうだったのだが、風化が激しいので、今は釣っていないということでした。

 一時間半の見学を無事終え、ご挨拶を済ませ、これから西本願寺の見学に向かうツアーの一行と別れ、通りかかったタクシーで京都駅に戻り、そのまま帰京の途につきました。非常に満足した見学でした。普段、稽古場に使っている学士軒という茶室以外、全部見学させて頂いたわけです。これが茶家というものかと納得出来る佇まいで、そうめちゃくちゃに広いわけでもない正方形の敷地に、茶室、露地が実に上手く配置されていて、その一つ一つが、狭すぎず、広すぎず、程よく締まった空間で、三千家の露地にも決して劣らない、むしろ勝るかという空間です。安易な言い方をすれば、格式ある侘茶を体現した境地と言えましょうか。いい経験をしました。

    萍亭主