妻の元へ、藪内流機関誌「竹風」第108号が届きました。

 池田瓢阿先生の「竹に聴く」という記事が掲載されているので、先生がわざわざ御恵贈下さったようです。この雑誌を目にするのは、私は初めてで、非売品と奥付にあるので、流儀の会員限定で配布されるものなのでしょう。興味深くパラパラと拝見しました。谷晃、冷泉為人、安藤徹など諸先生の文も載っていますが、藪内流のことを全く知らない身には、宗家や支部の活動報告や、会記などが「ほう、こういう活動をされているんだ、へえ、こういう道具を使われるのか」と目新しく覚えました。びっくりしたのは、「古儀茶道藪内流公式アカウントを開設しています」というお知らせページがあり、LINE・X・Instagramに接続するやり方が示されている。最も古典的な流儀のように思っていましたが、こういうところにも時代の波は押し寄せているんだなあと、つくづく感じました。それはさておき、編集部名で、「剣仲四百回忌をひかえて」という記事がありました。再来年の令和8年6月20日は流祖剣仲紹智の四百回忌なのです。剣仲は寛永四年(1627)、数えで92歳の、茶人では川上不白と並ぶ大変な高齢で死にました。「宗家始め藪内流関連団体では、一門挙げて、その記念年を迎えるべく準備を始めています」とあるだけで、まだ具体的にどういう行事がなされるかは書いてありませんが、宗家での茶会ばかりでなく、菩提寺の三玄院あたりを使っての大茶会とか、野村美術館か香雪美術館あたりでの記念展覧会とか、西本願寺を巻き込んでの行事とか、いろいろ行われるんじゃないかと勝手に想像します。利休四百年忌の時の盛大さは記憶に鮮明ですけれど、あれほどの規模でなくても、百年ごとの節目ともなれば、その準備は、さぞかし大変でしょう。考えてみれば、流祖にあたるような大茶人の回忌で、私が生きているうちにギリギリめぐりあえるかも知れないのは、この剣仲忌だけです。名だたる茶人の節目の回忌を見てみると、細川三斎の四百回忌は2045年と20年後、小堀遠州四百回忌が2046年、金森宗和のそれが2057年、千宗旦は2058年、片桐石州が2072年です。山田宗徧にいたっては22世紀にならないと四百回忌は来ない。三百五十回忌でさえ、2057年です。私はとても生きて見られはしない。まあ、こういう回忌も、子孫の繁栄さで、注目度も変わったりするものです。そう思うと、小堀遠州や千宗旦の回忌は盛んでしょうし、細川三斎も御子孫の永青文庫がありますから大丈夫でしょうが、宗和、石州はどこまで盛り上がるか、ちと心配です。近年では、古田織部の四百回忌が2014年にあったのですが、それほどの行事はなかったような記憶が。織田有楽の四百回忌がコロナ禍にぶつかる悲運だったことは前回書きました。更に考えて見ると、今世紀末、2090年は千利休の五百回忌という大節目ですから、これは相当な盛り上がりになるのではないかと想像します。その前に、2054年は武野紹鴎五百回忌ですが、こちらなどうなるか。などと、どうせ生きていない先の事をあれこれ想像するのは、愚かな話です。

   萍亭主