前回の続きですが、千家系の小棚についての無駄話。
棚ものに限ったことでもないのですが、茶の湯の用語に「再好み」という言葉があります。前の宗匠が好んだ茶道具を、別の宗匠が、材質を変える、例えば杉で作ってあったものを桐で作るとか、木地の品を塗りものに変えるとか、塗りの色や質を変えるとか、大きさを少し変えるとか、型のどこかをチョコっと変えるとかする事を、再好みというわけです。
棚には、この再好みが案外多く、それがまた一層ややこしくさせています。再好みで名前が多少変わればいいのですが、同じ名前のままのものもある。前者の例では、例えば、仙叟好み桑小卓を、後に認得斎が桐材で再好みしたものは、桐小卓と呼びます。また、江岑宗左の好んだ三木町棚は、主な素材が杉、檜、樅で作られていますが、原叟宗左が再好みしたものは、桐で作られています。こちらの方は、江岑棚と呼ぶのが正しいとされます。もっとも、現在は、江岑棚は三木町棚の別称とされ、そんなにやかましく云わず、本歌も江岑棚と呼んでしまうことが多いようです。後者の例としては、利休好みの四方棚は、江岑が再みしたものも、単に四方棚と呼びます。違いは、天板地板の四隅が、利休好みは角、江岑好みは丸くなっているところが違うだけで、見てみないとどちらかはわかりません。一つだけでなく、複数の再好みがあるものもあります。利休好み丸卓は、古くは孫の宗旦が再好みしています。本歌が桐木地なのを、黒い一閑張りにし、地板が厚く、本歌と違い地板に足がなく、柱が板の外側についているのが違います。そして、この宗旦好みを、更に真塗rりに変えて、鵬雲斎が再好みしています。また、本歌を表千家の啐啄斎は、檜で溜塗りにして再好みし、惺斎は松の木摺り漆や、青漆爪紅の華やかな丸卓を再好みしています。また鵬雲斎がやはり溜塗りで再好みしています。利休好み三重棚も、本歌は桐ですが、杉、一閑張り、真塗り、掻き合わせ塗り、青漆爪紅など、多数の再好みがあります。こういう再好みまで勘定すれば、江戸時代に好まれた小棚は、前回数え挙げたものより増加することになります。
たしかに、素材や色が変わることで、同じ形でも、随分印象は変わるものです。再好みに挑戦する宗匠が多いのは、美を追求する、茶の湯の工夫をする心の表れでしょうし、本歌が優れていることでもあるのでしょう。
下は、l利休好み丸卓。(もちろん厳密な茶の湯用語でいえば、写しです。以下も同
下は、鵬雲斎好み丸卓。宗旦形丸卓を再好みしたものでしょう
下は、実は誰の好みか、私にはわかっていません。飛騨春慶塗りの丸卓。
同じ丸卓でも、随分印象が違うものです。
今日は、この辺で。
萍亭主


