前回の続きですが、Noさんが亭主の朝茶事は、予定通り、午前六時半、席入りで始められました。

 寄付き待合には、涼しさを演出しようと、大きな滝の絵が掛けられました。明治大正期の画家の畑仙齢の筆。鈴木百年門下で、鈴木門の四天王の一人といわれた人です。

 正式の茶事ではあり、禁煙の世の中ですが、寄付き待合だけには、煙草盆を飾ろうということで、正客の座る位置に据えられました。煙草盆は、川端近左の作の粒足真塗、火入は染付叭々鳥図で、永楽妙全の作。淡々斎の箱が付いているもの。いずれも、道具好きなご亭主がコツコツと収集されたもので、十分鑑賞するに足りる品です。実際、こういう折に使わねば、普段使いどころがないのが、茶の湯の喫煙具の現状ではあります。

 鍋島焼の蘭の絵も汲み出し茶碗に、紫蘇香煎を入れて、半東さんが持ち出し、終わって腰掛けへ。

 どうも、この辺までは、いつもの如く、お客様方は緊張気味で、シーンとした佇まい。まあ、にじり口から席入りして、挨拶が交わされる頃には、これも例の如くですが、やっと緊張が解けてきたようで、声もだいぶ大きく聞こえてきました。この時分は、まだ陽もそれほど差し込まず、涼しく、いかにも朝茶らしい、よい感じでした。

 本日の床は、「破暁汲清冷」、早朝に冷たい水を汲むという、朝茶向きの一句。ご亭主の説明によれば、これは中国で唐の時代、茶を入れるに適した泉の水の代表として、三つを選び、その二番目とされた天下第二泉を詠んだ詩の一節だそうです。ちなみに、この泉は江蘇省無錫市の恵山にあり、中国の文化遺産になっているとか。更に余談ですが、天下第一泉は山東省済南市にある、江蘇省鎮江市にあると二説あるようです。軸を書いたのは、大徳寺444世の諦道宗當和尚、幕末の人です。挨拶が終わって、炭点前。風炉の茶事は、懐石の後に初炭となるのですが、朝茶事だけは、ご承知のように懐石前に炭を入れるという炉の茶事と同じ手順になります。実は、この理屈が私にはよく飲み込めないのです。後炭をしないからだと説明された記憶がありますが、それもちょっと納得出来ない。物理的に、中立の間に炭を足さないと釜の煮えが落ちると思うんですが。つまらぬ疑問はさておき、ご亭主は手順通り炭点前。

 炭道具は、炭斗は時代の達磨形、火箸は高木治郎兵衛の利休形。羽箒は我が家の品で、朝茶用のもの。

 朝茶または酷暑の茶で使われるそうですが、一枚羽根の右羽で塗り木の軸がついたもの。この羽根は孔雀で、たまたま孫が動物園で拾ってきたのを、羽箒師の濱田隆鳳氏に頼んで作ってもらった品です。

 香合は、七宝の屋根の屋形舟。正客の入京を祝って、入舟の形で出し、歓迎の意を表したいという亭主の趣向で、お客様にもその心は十分伝わったようです。炭点前が無事終わり、懐石の段取りとなりました。この続きは次回に。

    萍亭主