先日、第32回和美の会に行ってみました。
最終日の午後に行ったのですが、客はまばら。いつも初日に行くので、そこそこ賑わってはいるように思うのですが。しかし、売れ行きは結構良かったのでしょう、カタログに載っていた品で、飾られていない品も数多くあったように思えます。もっとも、図録をそう全部覚えているわけではありませんから、あやふやではありますが。しかし、実物を見てみたいと思っていた利休の消息二点は見当たらず、四百万もするという唐津火入も見当たりませんでした。こんな高額商品が売れてしまっているという事は、あるところにはあるという世相なのかもしれません。そう言えば、三桁の商品ではありませんが、大野鈍阿の茶碗がカタログにありました。玉川に窯を開いた時の記念作で、光悦風の黒楽です。同じ手のものが、偶然二店から出ていて、一軒の店は馴染みがあるので、事前に電話で聞いてみたところ、三十五万円との返事。今、ネットなどだと鈍阿のものは共箱で、七万から十万くらいが相場のようですから、随分高いと言えば高い。しかし出るところから出ると、相応の値になるのが茶道具というものなのかもしれません。当日行ってみると、既に売れていて、もう一軒の方も同額で出ていたそうですが、これも売れていました。三桁の商品が売れるんですから、二桁の商品に手を出す人も多くても不思議はない。当日、私が会場にいる間に、商談が成立してお買い上げという現場は、二つほどしか見ませんでしたが。全部の値段を克明にチエックしたわけでもないので、当てにはなりませんが、三桁の品しかない店と、比較的新しい永楽とか、その他、二桁物も混ぜている店と分かれるのは、毎年のことです。一桁のものは、干菓子器、火箸など炭道具、茶箱用器具など、数点しか見当たらなかったようです。最高値は、私が気がついたのでは、乾山色絵蕨図八寸皿の一千百万円でした。今回、銀座美術など何軒か初出店のところもある代わりに、顔を見せなくなった店も結構あります。それぞれの都合や、商いのやり方の変化など、理由はいろいろでしょうが、栄枯盛衰はどの世界にもあることです。帰宅しようとした時、声をかけられ、見ると、今年は店を出していないが、今まで、この会の常連だった根津のHの主人。ちょっと面白い物も扱うので、長い間に5、6点は買ったこともある顔馴染みです。問わず語りに、大磯に引っ込んだというので、「根津の店は?」「閉めた。彼女が死んでね」「えっ?」。店で長年番頭格で主人を支えてきた女性、江戸千家の師範格でもあり、彼女が席主をした茶会に入った記憶もあります。「何時亡くなったの?」「去年の十月、二ヶ月ほど患った後にね」。道理で去年の秋のアートフェアに、この店が出ていないなあと思った筈です。お悔やみを言い、ご主人の引退後のご健康を祈って別れましたが、老少不定、寂しい感じは免れません。
萍亭主