前回の続きですが、、終活茶事第七弾当日、濃茶が無事すみ、続き薄茶にすることになりました。

 続き薄茶の手順は、流儀によって、手続きが違います。我が家は一応、裏千家の点前、作法でやるわけですが、今回のお客様は他流の方ですから、さて、どうなることかと言うところですが、ともかく座布団を持ち出し、干菓子器を出します。ちなみに今回も煙草盆は省略。干菓子器の器は、村瀬治兵衛の作で、故幾夜庵主から頂戴したものなので、これを持ち出しました。菓子は塩芳軒の桜と蕨、玉寿堂の紫野。外が桜満開の折、桜を使って良いものか、少し悩みましたが、彩りからも使った方が華やかかと。

 やはり「お流儀では、どうなさいます?」と、主客共に尋ね合いながらの進行になりましたが、「やっぱり、お正客からお飲み下さい」「そうしましょうか。それで、拝見はここでしてよろしいですか」と、手探り状態ですが、そこは気楽にやることに。そもそも、続き薄茶は、裏千家では、正客が主茶碗を取り込んだ後、「用がありますので、お先にどうぞ」と次客に茶碗を譲り、次客が飲んでいる時に、茶入、仕服の拝見を乞う、亭主はそれに応じて、拝見に出す、それによって、薄器の置き場所も出来るわけです。そして、帰ってきた主茶碗で、正客に出し、続いて三客に「替茶碗で差し上げます」と点てるという手順になります。前回の茶事のお客様も織部流という他流の方だったわけですが、このお流儀は、続き薄茶がないそうで、適当に行ったのです。今回のお客様、武者小路千家のやり方を伺うと、濃茶の茶碗を薄茶の主茶碗に使う、それをまず次客からということは同じです。つまり表千家のやり方とほぼ同じなのでしょうか。ともあれ、薄茶も和気藹々も内に進行。濃茶入に棗を使ったのですが、薄器は陶器でと油滴茶入を使いました。

 窯元は瀬戸ではないかと思いますが、四滴茶入として揃っているわけではなく、いわゆる離れ物なのですが、古いことは古いもののようです。薄茶の茶碗は、八代焼の三島手を使いました。外花内花両方ある手なのが、わりと珍しいと聞いた覚えがあります。

 替茶碗は、色絵の桜と蛇籠文の四方茶碗。桜を使ってよいものか、干菓子同様考え込みましたが、今使わないと、しまいっぱなしで、もう機会もないかもなあと、やはり使うことに。「外に桜があるのに、なましき振舞い」と、やかましい昔の茶人には言われるだろうなあなどとは思いつつ。お客様は「良いですねえ」と褒めて下さいましたが。箱には、初代清水六兵衛作とあるのですが、共箱ではなく、当てになりません。ただ古い清水焼であることは間違いありません。「向付にもなりそうですね」とも言われましたが、なるほど、箱には茶碗とありますが、向付の転用かもしれません。

  お客様が、比較的お若くて、動きが早く、席入りなどにもあまり時間を要さない故か、薄茶も二服飲まれ、ゆっくり歓談されても、三時間を少し超えるくらいの時間で、お開きになりました。後座の最中、パラパラときた雨も、退出される頃には上がり、本当によいお茶会になりました。故幾夜庵主にもお喜び頂ける茶会であったことを願うのみです。

   萍亭主