広間の炉の一つが傷んできて、大分ひどい状態になりました。
稽古用のステンレス製ですが、塗装した色が禿げてきたのです。そこで、妻は、出入りの左官屋さんに塗ってもらおうと思いつきました。本炉のように、最初から土と木で作ってゆくのではなく、ステンレスの出来合いの上に、土を塗れるものかどうかと思いましたが、左官屋さんは出来ると言います。前にも、このブログでも時々触れましたが、この左官屋さんは、塀や壁だけでなく、小間の本炉を塗り直してもらったこともあって、研究熱心で腕もいい人、妻がどうしてもやりたいと言うので、妻と左官屋さんに任せることに。二人で、素材や色など種々話し合っていましたが、帰る時、妻に「父からです」と、土産を置いて行きました。お父さんも左官屋で、こちらの方が昔から仕事にきてくれていましたが、十年以上前に引退して、時々息子の仕事を監修かたがた見物に来るくらいですが、漆喰細工の名人でもあります。妻と気が合うのか、たまに何かくれるのですが、今回は鏝細工の花。
これが、漆喰で作ったものとは、信じられません。大分以前、我が家の寄付きの部屋の電気スイッチの周辺の壁の一部が壊れて落ち、修理を頼みんだら、鏝絵で瓢箪を描くことで、最小範囲の修理で、うまく仕上げてくれたことがありました。
そして、この亀も漆喰細工で、息子が玄関の外壁を塗り直した時、ぶらっと見に来て、置いていってくれたもので、以来、玄関のそばで睨みをきかせています。
息子が、塀を作ってくれた時も、遊びに来て、頼みもしないのに、留瓦に、鏝絵で我が家の紋章を描いていってくれました。
漆喰細工、鏝絵の名工としては、幕末から明治に活躍した入江長八、通称、伊豆長八がいます。伊豆松崎の通称長八の宿には、私は少年時代に泊まったことがあり、東京に残存する遺作も何件かは見ており、浅草正定寺の墓にも行った記憶がありますが、長八の時代と違いそういう注文もなく、腕を見せる場所もない今日、この人の腕も振るいようがなく、隠居の手遊びで終わるのでしょう。茶の湯は、もともと漆喰細工を依頼するような場所もなく、仕事を頼む機会がありませんが、息子が父譲りの左官仕事で、炉をうまく仕上げてくれることを期待します。
萍亭主






