どうやら、故松本先生を偲んでの終活茶事第六弾も無事に終えましたが、人間、慣れてくりと、どうも図々しくなってしまうようです。そのため、やはり小さい(?)ミスが。

 飯後の茶事の進行方法に慣れてくると、トントン準備を進めているつもりで、ひょんなことを忘れてしまったりする。複数の人間でやっていると、どちらかがやったろうと安心していて、ポカが生じるわけです。今回も大失敗が。薄茶の茶碗に大樋焼を持ち出したのですけれど、点前座に置き合わせた時、続き薄なので、前に茶入が残っていて、その飴釉と茶碗がピッタリ一緒です。おまけに棚から取り下ろした棗が、神代杉の木地なので、焦茶色で、これがまた色がピッタリ。「あんた、置き合わせしてみなかったの」「うーん、お前がやったと思っていて」「そんなわけないでしょ」と、お客様の前で、妻と責任のなすりあい。頭の中で道具組みをし、少しでも武家っぽくと、加賀前田家御用の大樋焼でいいやと決めて、あれは小さくた薄茶向きだしと、単体のイメージだけで、実際に置き合わせをすることを怠った図々しさの報いです。反省!

 そして、こんなこともありました。前にも書きましたが、故人の大親友であった宗徧流の古老H先生は、九十九歳とご老齢のため、結局、ご出席が叶わなかったため、白寿のお祝いかたがた、何かお贈りしようと、妻が、後継者の方にお伺いしました。ジュースがいいか、スープがいいか、果物がいいか、お好きなものをと申し上げたら、やがてご返事が、何と「あんたが作った茶杓がいい」と大先生がおっしゃっているといういうのです。妻は池田瓢阿氏や前島秀光氏に学んで、多少の茶道具を造り、大先生にも籠花入を二つほど差し上げたことがあります、茶杓も削ったことはありますが、自家用か、差し上げても、身内の目下の人で、大先生に贈れるわけがない。当然お断りしたのですが、大先生が、故松本先生が削られた茶杓を持っているので「記念にあんたの削ったのも欲しい」と、是非と懇望されていると再三のお話に、とうとう承諾してしまったというのです。承知するなんて、そんな図々しいことを、と思っても、本人が承知してしまっては是非もない。茶杓は削り置きのものがあったのですが、急遽筒を造り、妻は「茶の友と」という銘を付けました。箱も偶然サイズの合う古い箱があったので、それに納め、こうなれば箱にも何か書いて差し上げたらと、今度は私が図々しく「百年の春秋過ぎてなお尽きぬ楽しみわかつ我が茶の友と」と、拙い歌を作り、自分は目も危く、字も書けぬので、妻に代筆させました。

 こんな茶杓を貰っても、稽古場用にも役立たず、ご自分が日常で抹茶をご自服される時にでも使っていただければ光栄なだけですが、本来茶杓は、大昔は、自分の茶会用に自分で削るもので、やがて他人に贈るようになる、利休の「タダイヘ様参る」のように、贈り筒の品も現れますが、偉大な茶人の作が求められるようになり、茶杓は偉大な茶人が削るものという常識が生まれ、無名の人の作は、自家用と思っていい。自分の開く内々の茶事なら、使うのもありだと思いますが、大寄せなど公式な茶会に顔を出すもんじゃないというのは常識でしょう。そんな中で、望まれたからとはいえ、ぬけぬけと大先輩の宗匠に、茶杓を贈るとは、図々しいにも程があると、先輩茶人から言われそうです。

   萍亭主