炉になって二度目の、終活茶事としては三度目の飯後茶事は、米寿間近の、我が家に元気の遊びに来られる知人では最高齢の方を正客にお招きしました。

 軸と茶杓以外は、前回と同じ炉開き趣向の道具でとりまとめたのですが、その軸は、お正客の長寿息災を祝う気持ちで「歳寒知松柏之後凋」という一行物を掛けました。「さいかんしょうはくのおくれてしおるるをしる」と読み下すようで、意味は、歳末寒い時期になって草木は枯れても、松と児の手柏は青々として凋る(しおれる)ことがない、ということです。非常の際に人間の真価はわかるという意味もあるようですが、出典は孔子の論語なんだそうです。筆者は、大徳寺の第四百四十一世住職の法巌紹典和尚。この人は、天保8年(1837)に亡くなった江戸時代後期の人ですが、一つ記録を持っています。大徳寺の住職は、徳を積むと(有名になると)、朝廷から禅師号を賜るのですが、この人が最後の称号授与者で、円機明道禅師の号を受けました(この後、明治維新で慣習が廃止されるまで授与された者はいません)。ちなみに現在まで大徳寺の住職は531人の筈ですが、その内120人余が禅師号を受けています。坊さんが書く一行物は、禅語だと決めつけられがちですが、漢詩の一節や、儒教の書の一節、道教から出た言葉もあったりします。「お正客と我々で、松柏ということに」と、お互いの長寿健康を祝したのですが、茶事当日は、温暖で、歳寒の感じがしなかったのは、残念のような気も。

 

 炭は、炉開きということで、瓢の炭斗を使いました。羽は孔雀、鐶は高木治郎兵衛の大角豆鐶、火箸は時代の桜柄、灰器は万古焼の南蛮写し、灰匙は朝鮮サハリ。香合は型物兜巾茄子(ときんなす)の写しで、江戸後期の二代清水六兵衛の作。

 八寸は、カラスミ、銀杏など定番で、吸い物椀は鴨。

 菓子は、これも時節定番の織部饅頭ですが、裏千家宗家は、中身を紅餡にすると聞き、お菓子屋さんに依頼して、そのように作って貰いました。

 その他の道具組は次回に。

     萍亭主