帰京して荷物の整理も済み、閑が出来たので、撮り溜めた録画の大河ドラマを鑑賞しました。何しろ、山小屋はテレビも映らぬ僻地ですので、夏はラジオだけが頼りです。

 今まで、このブログでも時々触れた通り、テレビドラマで茶の湯のシーンが出ると、いろいろあげつらって来ましたが、今回の「どうする家康」でも、そろそろ茶の湯が出てくるかと思っていたら、果たして登場。秀吉が、家康から天下三肩衝の筆頭「初花」を贈られて驚喜する場面。かなりアップになった初花は、当たり前ですが、例により、とてもそうは見えない。一応、少しは大ぶりの茶入にはしてあるのですが、特徴の三筋の釉薬の流れもなし、何より気品がありません。初花写しの稽古茶入も世の中にあるはずですが、それを使ったとも思えない。箱から出すところも、挽家があるわけじゃなし、箱に東山名物の貫禄がない。ドラマで名物道具が出てくる時は、全く困ったものです。大写しにしなければいいのですが、ドラマの状況では、そうもいかないでしょうし、担当美術さんに同情するばかりです。ドラマでは、この茶入は、家康が信長から貰ったと説明されていますが、史実では、信長が息子信忠に与え、その後、経緯はわかりませんが、三河の松平一族の念誉という人が所持したのを家康が召し上げ、秀吉に贈った筈ですが、これはドラマとしては、信長から貰ったという方がわかりやすく、無理のないフィクションでしょう。初花は、以前上野の国立博物館で、三肩衝の一つ「新田」と並べて展示されて、茶入れ好きの間で話題になったことを思い出します。

 この場面より前に、家康が堺の町で、茶の湯に招かれるシーンもありました。亭主は津田宗及で、相客は織田家の堺奉行だった松井友閑という設定。茶室の外観が、躙口がなく、細い障子の入口だけという描写は、なかなかいいじゃないと思ったのですが、中の様子には、ちょっと首を傾げました。四畳半、上座床で、季節柄風炉の設定ですが、点前座に棚が置いてあるのです。四畳半ですから広間扱いに棚があったっていいのかもしれませんが、棚がどうも台目棚なんですね。台目棚は広間で台目構えで茶を点てるためで、利休好みの葦棚とも呼ぶものと、藪内十八棚の一つや、織田有楽好みのものもあったかと思いますが、画面はどうやら利休好みのように見えます。宗及が、この時代にわざわざこの棚を使うのは不自然ですし、大体、他の棚ならばともかく、四畳半を台目構えにする必要があるか、疑問です。演出家が画面構成上、何かナメる(映像用語で、手前に物体を置いてそれ越しに主点を撮ること。画面が引き締まる効果がある)ものが欲しくて置かせたのかも知れませんが。津田宗及は、以前このブログでも触れましたが、明智光秀と一番懇意にしていた茶人で、家康が堺に来訪した折、史実では接待したのかどうかは、今、私にはわからないので、今度、暇があれば天王寺屋会記でもめくってみましょう。しかし、フィクションでも、安易に千利休を持ち出さなかったのは結構なことだとは思いますが。

   萍亭主