ご近所のHさんのお宅に茶室が出来たのを拝見に伺いました。
Hさんのご先代は、官休庵の古老でしたが、先年亡くなられ、ご当代は、ご子息と同居されるため、旧地に二世帯住宅を建てられました。ご当代も官休庵なので、当然、茶室を設けられたわけです。何かと制約の多い建築の中で、どう作られたか興味津々で参上。玄関を入ると、正面に茶道具を収納される納戸があり、左手の広いリビングの片側に、太鼓襖で仕切られた茶室の入り口と、水屋への入口が並んでいます。種々の事情で、外部に躙口が設けられないので、露地はなく、屋内からの入口だけの、所謂、囲いです。襖を開けると、京間の四畳半!関東間を見慣れている眼には、広い、ゆとりがある感じ。中に座ってみて、やはり京間はいいなあと思いました。そもそもカネワリの理論などは、京間を標準に成り立っているわけで、その理論を忠実に守ろうとすれば、本当は関東間では、炉も一尺四寸の広さでななく、もう少し小さくせねばいけないのだと聞いた覚えがあります。如実にわかるのは風炉先で、関東で売られている風炉先では、寸足らずがはっきりします。
水屋も広く、ゆったりして羨ましい。しかし、ご亭主の述懐では、思い切って立ち水屋にすればよかったとのお話。社中の方にも足腰、膝の悪い方が増え、考えて見れば、水屋は客に見せる場所でもなし、その方が使い勝手が良かったかと思うとのこと。私は、マンション内などの新設茶室の簡略水屋の他に、立ち水屋というのは、箱根の対字斎で見ただけですがこれから先の水屋は、もっと自由に考えた方がいいのかも知れません。本来、水屋は流儀によって作り方に種々決まりがあるのですが、なかなか決まり通りに作っている例は少ない。皆、それなりに自由に作っているわけで、ならば、更に自由に発想してもいいはずですが。
水屋のリビング側の襖を開けた側には、我が家と同じ座礼用の棚が置かれて、こちらでも稽古が出来ますし、ソフアもあるので、客をもてなす事も出来ます。私達もこちらで薄茶を一服頂戴しました。座卓の向こうには、床の間代わりに、垂撥のように長い板を立てかけ、色紙と籠花入を掛けてあります。花入は池田瓢阿氏の教室に学んだご亭主の自作です。
拝見したご両器は、奈良蒔絵の佐保川の蛍図の大ぶりの雪吹で、時候にぴったりなもの。茶杓は現大徳寺管長明浦老師の作で、銘「来路」でした。
仏壇のご先代にご挨拶してお暇。いずれ、この茶室で、追善茶会が開かれるのを楽しみにしております。
萍亭主










