WBC一色だったニュースも終り、孫たちの春休みと共に暖かさが戻ってきましたが、どうも私の周辺には、茶の湯が戻ってきません。

 長いコロナの間に、知友で亡くなられた方もあり、茶の湯から遠かった人も多く、茶の湯の便りを聞くことが、めっきり少なくなりました。世間では、茶の湯がそれなりに復活状態ではあるのでしょうが、どうも身に染みて感じません。京王デパートの美術部から「春の茶道具展」の案内が来て、見ると添え釜の広告が載っていました。新宿の京王百貨店は、東京の百貨店では多分唯一の畳の茶室があり、茶道具関係の展覧会には、毎日添え釜が設けられることが多く、妻も昔、一度だけ、懇意の作家の展覧会の添え釜をしたことがありました。コロナ以来、三年間、この手の催しはなかったのですが、復活したということは、徐々に茶の湯も以前の姿に近くなっているのでしょうか。ただ今回、釜を掛ける六人の先生(表千家と裏千家)の中に、知った名前はありません。昔は、一人くらいは、知人の名前があったものですが。考えてみると、前述のように、自分と共に知人も老齢化してきて、活動も鈍ってきているのも当然でしょうし、これから、なかなか茶会にも遭わないのかと感じます。そういえば、明日は四月の第一日曜、この日は、護国寺で江戸千家の春の大会があって、コロナ前までの十年ほどは、毎回招かれてもいたのですが、今年は復活したものの、お招きはありません。人数制限が厳しく、どうやら流儀の人以外は、招かれる人数が減ったようです。茶の湯文化学会の会誌が届いて開けてみると、「利休の実像と虚像」とか「大聖寺藩主の茶の湯」とか、面白そうで難しそうな論文が並んでいますが、読み解くには根気が入りそうで、手をつけかねています。

 というようなわけで、なかなか茶の湯の雰囲気が戻らず、また五年も書き続けていると、話のネタも乏しくなります。あまり独りよがりの事を書いても仕方がないでしょうから、まだ暫く惰眠を続けます。もし、ブログをお読み頂いている方で、まだご覧になっていない方は、2019年から20年くらいのブログをお読みくだされば有難いのですが。当時の方が、有益な(?)話が書いてあると思うので。

  萍亭主