茶人には逸話がつきものですが、片桐石州にも、小堀遠州や千宗旦ほどの数ではなくても逸話がいくつかは伝えられています。
その一つは、こう云う話です。石州は愛用していた煙草盆の火入に、唐物の唐銅香炉を使っていた。ある人がこれを見て、これは唐物香炉ではないか、火入に使うのはもったいない、本来の香炉として使うべきではないかと言ったところ、石州は肯ぜず「茶の湯の本意はこう云うところにある。今、これを火入に使えばこそ、無類の火入であるが、香炉に使えばただの普通の香炉になってしまう。上の火入を捨てて、下の香炉にするのは、道具を殺す事である。すべて器物というものは、良かれ悪しかれ、その用いる場、ところによって、よくもなり、悪くもなるものだ。ただその用いる人の上手下手によるのである」と述べたというのです。更に、「戦さの場で、大将として士卒を使うのも同じ事で、愚将は士卒の使いどこりがわからず見殺しにしてしまう。すべてこの道理である」と言ったというのです。この話、茶書ではなく「明良洪範」という武将の逸話集に記載のもので、後半部分は、武人の逸話らしくするために、付け加えられたような気がしないでもありません。しかし、人材の起用術などに今でも引用できなくもない話ではあります。実は、これと全く同じような話が、藪内紹智の逸話として伝えられています。こちらは、青磁だったかと思いますが、香炉を火入に使っていて、ある僧侶に勿体ないと意見され、「火入に用いればこそ貴僧の目にも留まり惜しんでも下さるが、香炉にすれば見過ごされよう」と笑ったという話。こんな同じ話が本当に二つあるのか、逸話が語られる内に、主人公が転化して二つの話になったのか、よく分かりませんが。「明良洪範」には、もう一つ片桐石州の逸話が載っています。それは、石州は懐石料理が得意で、その出す料理は、常に軽い料理だが風味が良く、なかなか真似できない。ある人が、その秘訣を尋ねたところ、「まず重い料理を作り、その中から選び出した料理なら、良い風味になる筈である。最初から軽い料理を作ろうとすると、粗末になって、失敗する」とし「料理には表と裏がある。軽い料理を重く丁寧に作ろうとすると、結局良くない風味になる、重い(丁寧な)料理もその軽い部分を大切にしなければ風味が悪くなる。重い料理の欠点は、くどくて、しつこいところにある。軽きは重きより出て、重きは軽きより出る。これが表裏の心得である」というような意味のことを言っています。私には分かったような分からないような言葉ですが、さて、殿様である石州が、本当に自ら料理をしたものか、私は少し疑っていますが。ともあれ、武人の心得を説くことを目的にして戦国の武将の逸話を集めた説話集の中に、平和な時期の武将である石州の逸話が混じっていることは、編纂された江戸時代に、いかに石州の知名度、人気が高かったかを示すとも言えましょう。既に逸話をご存じの方には退屈なお話ですみません。
萍亭主