前回の続きですが、大和郡山市の慈光院には、亭主床の席だけではなく石州好みの茶室が、もう一つあります。

 高林庵の扁額が掛かった茶室から、細い裏廊下を抜けると、右手に仏殿に出ます。普通、仏殿の裏に書院や庫裏がありそうですが、ここは逆の感じ。仏殿は中央に釈迦如来、向かって右側に開山の玉舟和尚(石州の参禅の師玉室和尚の法嗣)の像が祀られています。

 向かって左に鎮座するのが片桐石州、三叔宗関公です。この木像は、大徳寺高林庵にあったのを、明治22年高林庵が芳春院に合併吸収され廃寺となった折、ここに移して祀ったということです。これは、石州が生前に命じて造らせた像だといわれます。

 仏殿から簡素な中庭を挟んで、対面に茶室棟があります。

 亭主床の茶室から、廊下をまっすぐ来たところにある茶室の入口。つまり貴人口だけで、躙口のない茶室なのです。この前にある立ち蹲、これが「女の字(めのじ)の手水鉢」というらしい。

 茶室は、三畳向板入り、向切、逆勝手の席。二畳台目向板付きと呼ぶ方もあるかもしれません。下座床で、台目幅の蹴込み床です。天井はすべて竿縁の平天井。点前座の先に丸窓が開けてあり、他に中庭側などに窓はないのですが、貴人口の障子が大きいので、多分明るい茶室だと思います。

 何故、逆勝手という珍しい席にしたのか、増築の折、既存の建物との位置関係からやむを得なかったのか、それとも石州の狙いなのか、何ともわかりません。しかし、亭主床の席に対応して、わざと少し特異な席にしたのかとも考えられ、石州が最晩年、異風なというか、自由自在な境地を求めたのだろうかと憶測します。この逆勝手の席は「閑茶室」と名付けられているようです。

  昔の記憶が残っていたのは、亭主床の茶室と書院前の庭のおおよそくらいで、感想を新たにすることがしました。寺全体が茶の湯の雰囲気に溢れているようで、応対してくれる人たちも気さくで気持ちよく、再訪してよかったと思いました。

  さて、これで京都奈良の茶室、旧跡巡りを終えました。ふと思い立って出た旅ですが、まあまあだったかと、ご報告を終わります。

   萍亭主