京の冬の旅で公開された寺を見た翌日、奈良県に向かいました。近鉄特急橿原神宮行に乗り、準急に乗り継いで当麻寺駅へ。中の坊茶室を見るためです。
當麻寺の塔頭中の坊には、重要文化財の茶室があります。特異な茶室で、一度見たいと思っていたのですが、ちと遠方なので機会がありませんでした。京都、奈良周辺の公開されている茶室は、機会があれば見るようにしているのですが、ここは縁がなかった。ただ今更考えてみると、自分が何の本でこの茶室の写真を見て、行ってみたいと思うようになったのか、その原点が思い出せません。中村昌生先生の「茶室百選」には入っていないし、他の著書や特集雑誌にも手許を調べても載っていない。年取ると記憶が衰えるものです。ともあれ、到着した駅は無人の寂しい駅。寺に向かう道の左右の家々の大きさ、屋根瓦の立派さ、塀の見事さ、装飾性に目を見張りました。
途中、相撲会館というのがあり、こんなところになんで?と思ったら、相撲の始まりと言われる力士、當麻蹴速の出身地なんですね。蹴速は敗者ではありますが、勝者野見宿禰と共に相撲の神として相撲神社に祀られる人です。蹴速塚があり、伝説の邸宅跡らしい。
歩くこと20分、やっと寺の門前到着。
中の坊玄関で拝観を乞い、庭伝いに順路を辿り、塀の中に入ると広い池泉式庭園が広がります。ここの茶室は、片桐石州の好みと伝わり、庭園もそのように称されていますが、なるほど、小堀遠州作と伝わる諸庭園とは、ちょっと違う趣があります。
そして後西院の行幸を迎えたという江戸初期の書院の広縁に繋がり、そこに貴人口がある茶室が「双塔庵」。四畳半で、貴人口から向かって右に、内側に障子で外側に板戸の躙口、上に連子窓があり、向かって左に大円窓と侘びた三尺床が、正面に点前口と並んで次の間に接する太鼓襖があります。天井は点前座側だけが掛け込み天井になって、あとは竿縁の平天井です。外の赤い壁が印象的。
後ろに建つ、寺の東塔、西塔が望めるので双塔庵というのでしょうが「丸窓の席」の通称で呼ばれることが多いかも知れません。
丸窓の後ろは供待ち(従者の控室)であり、点前口の奥は五畳の部屋に繋がるそうです。何と言っても、大円窓が大特徴で、しかもこれが庭に面せず逆にあるのは、折角の庭園は、他の場所で観覧せよということでしょうか。茶室の作者の意図が今一つ私にはわかりません。大円窓のある茶室は、私の知るものは、高台寺の遺芳庵、西行庵の皆如庵、醍醐寺三宝院の松月亭だけですが、後ろが庭でないのはここだけです。片桐石州の好みの茶室には、亭主床など、変わった意匠があることはありますが、突飛な好みが好きだったとも思えません。もっとも、この茶室、「新編茶道大辞典」では「片桐石州の好みと伝えるが確証はない」とし、疑問説も結構あるようです。
少し長くなったので、続きは次回。
萍亭主













