蓋置というと、その中の特別なものとして、七種の蓋置を思い浮かべられる方は多いと思います。
特別なと言っても、別格的なのは一つだけで、あとは、扱い方がそれぞれあるというだけです。蓋置は、七種以外にも、扱いの約束事がある物も多少はありますが、大多数は、扱いということがないので、七種は特別視されるわけです。大体、七という数字は、縁起が良いとされます。元を糺せば、奇数が縁起が良いと好まれ、三、五、七でも特に七が喜ばれる傾向がら、何かを揃えて称する時「七なになに」ということが多いのでしょう。茶の湯の世界でも「利休七哲」などとお馴染みですが、茶道具だと「七種の」とつく物は実はやたら多いのです。茶碗、茶入、天目、香合、天目台、建水、棗、さらには光悦七種とか長次郎七種など、沢山ありますが、蓋置は稽古場などで馴染み深い方かもしれません。稽古用にというので、七つセットにした陶器や金属のものを新道具屋で売っているのを見かけることがあります。さて、今更ながら、七種蓋置を「新編茶道大辞典」で引いてみると「火舎香炉・五徳・三つ葉・一閑人・栄螺・三つ人形・蟹の七種をいう」と、そっけなく書いているだけで、何故これで七種にしたのかなどの由来も何もわかりません。ある本に七種蓋置は利休好みと出ていましたが、どうも信じられません。まあ、七つそれぞれに、相当古い時期から使われていたのでしょうが、大元は皆、見立てであることは間違いなく、七種と揃えて呼ぶようになったのは江戸時代中期以降ではないでしょうか。ところで、この七種は、千家流の決め方で、他に違う七種もあるといいます。藪内流では、三つ人形と栄螺の二つがなくて、代わりに印と輪を入れるというのを読んだ記憶があるのですが、今、何の本で読んだか思い出せず探せません。気安く訊ける藪内流の知人もいないので、確認せず無責任ですが、一応書いておきます。ご存知の方はお教えください。
辞典にも載っているのですが、ほとんど使われていない言葉じゃないかと思うのですが、「裏七種の蓋置」というのがあります。七種の蓋置に対してのものだそうで「印、惻隠、太鼓、井筒、輪、糸枠、鈴」をいうそうです。「対して」と言っても、この七つが何故選ばれているか不明ですし、「裏」というのも要するに第二次七種くらいの意味でしょう。私がよく判らないのは「惻隠」の蓋置という奴で、これは一閑人と同じ物ではないかと思うんですが。一閑人は、ご承知のように、井戸を一人の人間が覗き込んでいる型のものです。
別名、井看人、井戸覗きとも言いますが、惻隠もこの別名の筈で、そう解説している本もいくつかあるのですが。「惻隠」とは「可哀想に思う、同情する、心を痛める」の意味で、井戸を覗き込んでいる人が落ちないか心配して心を痛めるという意味で、こう呼ぶというのですが、えらく難しい洒落です。同じものを、裏七種の場合は、名称を変えて呼ぶということなのか、どうもよく分からない。ついでですが、井戸を覗いているのが二人だとニ閑人といい、誰も覗いていないのを無閑人といい、これがすなわち、裏七種の井筒です。覗いているのが人間ではなく、蛙だったり、獅子や龍の意匠もあるそうですが、私は見たことがありません。蛙は井戸からの連想でしょうが、可愛いかもしれません。人間は笠を被っているのが多いようですが、唐子とか、老人などもあります。元々は、青磁で香炉だった、「仙叟(裏千家四代家元)箱書付けに青磁香爐一閑人とあり。何れ(いずれ)の時よりかフタ置となる」と
「茶道筌蹄」という江戸時代の本にあります。そうではなく、青磁だけでなく、古い赤絵の物もあるので、文房具の墨台の一種からの転用だという説もあります。この意匠は、鉢や皿に使われることもあるので、転用の紀源もいくつかあるのかもしれません。井桁を覗いているののは、どうも墨台風に私には思えますが。現在は金属、陶磁器、種々の素材で作られているのはご承知の通りです。
今日はこの辺で。明日はブログを休みます。
萍亭主
